今の神石高原町
広島県の東部にある町で、岡山県と境を接します。町の大部分は吉備高原の上にあり、一部は石灰岩のカルスト台地です。北部には帝釈峡の渓谷が続き、帝釈川や成羽川が流れます。星居山や大行山などの山々に囲まれ、仙養ヶ原のような高原もあります。町名にもなっている神石高原は、この一帯の呼び名です。森林セラピー基地に認定された地域でもあります。
今の神石高原町の区域の人口は、2020年の国勢調査で8,250人です。今の区域で数えた1980年の20,231人とくらべると59.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は49.2%です。
主な産業:トマトや米づくり、神石牛などの畜産、繊維業が営まれています。
特産品・名産
- トマト町の農業で作られる農産物
- 神石牛町の畜産で飼われる牛。神石牛を出すレストランがある
- こんにゃく町の農業で作られる農産物
見どころ・祭り
- 帝釈峡町の北部にある渓谷の景勝地。国定公園に含まれる
- 星居山森林公園星居山にある森林公園
- 米見山とよまつ紙ヒコーキタワーがある山
- 三輪酒造江戸時代から続く造り酒屋
木ヤマボウシ花ヒゴタイ神石高原町の木・花
神石高原町のなりたち
神石高原町(じんせきこうげんちょう)は、広島県備後の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、25の町村がありました。福永村・草木村・田頭村・阿下村・亀石村・常光村・上村・古川村・木津和村・光信村・光末村・父木野村・階見村・高光村・牧村・永渡村・小畠村・来見村・高蓋村・新坂村・小野村・仙養村・藤尾村・豊松村・油木町です。これらの町村が、12回の合併や編入を経て、今の神石高原町になりました。
今の名前「神石高原町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの25の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の豊松村が約52km²だったのに対し、今の神石高原町は約376km²と、およそ7.3倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は甲奴郡・神石郡・芦品郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、甲奴郡は2005年(平成17年)3月31日に廃止されました、芦品郡は2003年(平成15年)2月3日に廃止されました。
「神石高原町」という名前
神石高原町の名は、旧神石郡の一帯の呼び名「神石高原」からとられています。町の大部分は吉備高原の上にあり、この高原の一帯がいつからか神石高原と呼ばれるようになりました。2004年(平成16年)に油木町・神石町・豊松村・三和町が合わさったとき、この呼び名が町の名になりました。
まちの成り立ち
江戸時代の初め、神石郡のほぼ全域は福山藩の領地で、のちに中津藩の飛び地や幕府領となりました。明治の初めに岡山県などを経て広島県に移っています。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、神石郡に30の村が生まれ、1897年には仙養村と豊松村がまとまりました。油木村は1917年(大正6年)に町になっています。1940年(昭和15年)に牧村、1942年に小畠村、1943年に高光村、1944年に高蓋村が、それぞれ周りの村と合わさって大きくなりました。戦後の1954年(昭和29年)11月3日に高光村と牧村が合わさって神石町が、1955年(昭和30年)3月31日に来見村・小畠村・高蓋村が合わさって三和町が生まれ、同じ日に永渡村が神石町に入りました。4月1日には油木町と小野村、新坂村の一部が合わさって新しい油木町となり、1956年には仙養村も加わりました。こうして神石郡は油木町・神石町・三和町・豊松村の4町村になり、2004年(平成16年)11月5日にこの4町村が合わさって神石高原町が生まれました。町は帝釈川や成羽川の流域にあり、比婆道後帝釈国定公園にかかる部分もあります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、神石郡に油木村・来見村・上野村・近田村・花済村・李村・小畠村・上村・阿下村・常光村・亀石村・上豊松村・下豊松村・中平村・有木村・笹尾村・小野村・新坂村・永渡村・高光村・古川村・牧村・草木村・福永村・田頭村・高蓋村・木津和村・父木野村・光末村・光信村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、芦田郡に桑木村・藤尾村、甲奴郡に階見村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年7月11日明治30年神石郡の上野村・近田村・花済村・李村が合併して仙養村が、上豊松村・下豊松村・中平村・有木村・笹尾村が合併して豊松村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1913年2月1日大正2年芦品郡の木野山村・行縢村・桑木村が合併して大正村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1917年8月1日大正6年神石郡油木村が町制を施行して油木町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1940年11月10日昭和15年神石郡の牧村・草木村・福永村・田頭村が合併し、改めて牧村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1942年4月1日昭和17年神石郡の小畠村・上村・阿下村・常光村・亀石村が合併し、改めて小畠村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1943年4月1日昭和18年神石郡の高光村と古川村が合併し、改めて高光村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1944年1月1日昭和19年神石郡の高蓋村・木津和村・父木野村・光末村・光信村が合併し、改めて高蓋村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1949年7月1日昭和24年芦品郡大正村の一部(桑木)が神石郡高蓋村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年甲奴郡階見村の一部が神石郡高蓋村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1954年11月3日昭和29年神石郡の高光村と牧村が合併して神石町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年神石郡永渡村が神石町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年神石郡の来見村・小畠村・高蓋村が合併して三和町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年神石郡の油木町・小野村と新坂村の一部(新免・三坂の各一部)が合併し、改めて油木町が発足した。新坂村の残りは比婆郡東城町に加わった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年3月31日昭和31年神石郡の油木町と仙養村が合併し、改めて油木町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1959年7月1日昭和34年芦品郡藤尾村の一部が神石郡三和町に編入された。藤尾村の残りは新市町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 2004年11月5日平成16年神石郡の油木町・神石町・豊松村・三和町が合併して神石高原町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。