今の尾道市
広島県の南東部、瀬戸内海に面した市です。尾道水道をはさんで向島があり、因島や生口島など多くの島々も市域に含まれます。本土側は北の山と南の海に挟まれて平地が少なく、坂の途中に寺や住宅が並びます。古くから港町、商都として栄え、造船のまちでもあります。山あいの御調地区では柿が知られ、島ではみかんなどが作られています。
今の尾道市の区域の人口は、2020年の国勢調査で131,170人です。今の区域で数えた1980年の180,901人とくらべると27.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.6%です。
主な産業:造船業のほか、みかん・ぶどう・わけぎなどの農業、かまぼこなどの水産加工が行われています。
特産品・名産
- 尾道ラーメン小魚のだしをとった醤油味のスープと背脂が特徴
- 尾道帆布帆船の時代から作られてきた帆布
- 蓬莱柿いちじくの品種で、尾道ブランド第1号に認証
見どころ・祭り
- 千光寺公園桜の名所で、麓からロープウェイが通じる
- 浄土寺足利尊氏ゆかりの寺。日本遺産の構成文化財
- 西國寺金堂と三重塔が国の重要文化財の寺
- 向上寺三重塔が国宝の寺(生口島の瀬戸田町)
木桜花桜尾道市の木・花
尾道市のなりたち
尾道市(おのみちし)は、広島県備後の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、36の町村がありました。西生口村・栗原村・吉和村・山波村・高根島村・名荷村・北生口村・三浦村・深田村・重井村・大浜村・中庄村・三庄村・田熊村・東生口村・土生町・岩子島村・原田村・木ノ庄村・美ノ郷村・上川辺村・奥村・菅野村・市村・今津野村・河内村・西村・高須村・南生口村・立花村・百島村・浦崎村・向島東村・向島西村・瀬戸田町・尾道市です。これらの町村が、16回の合併や編入を経て、今の尾道市になりました。
今の名前「尾道市」は、1920年にあった尾道市の名前を受け継いでいます。ほかの35の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は御調郡・沼隈郡・豊田郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、御調郡は2005年(平成17年)3月28日に廃止されました、沼隈郡は2005年(平成17年)2月1日に廃止されました。
「尾道市」という名前
「尾道」という地名の由来は、はっきりしていません。1169年(嘉応元年)に尾道村が備後の大田庄(今の世羅町)の倉敷地(年貢を積み出す港)に定められたことが、港町として栄える土台になりました。北の山と南の尾道水道にはさまれた、東西に細長い町です。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、御調郡に尾道町が生まれ、1898年(明治31年)4月1日に市制を施行して尾道市となりました。広島市に次ぐ県内2番目の市です。尾道市は1937年(昭和12年)に吉和村と栗原町、1939年に沼隈郡の山波村を編入し、1951年には深田村の久山田を加えました。1954年(昭和29年)3月31日に美ノ郷村・木ノ庄村・原田村、1955年に高須村・西村・百島村、1957年に浦崎村を編入しています。向島では向島西村が1950年に向島町となって岩子島村・立花村を合わせ、向島東村は1954年に向東町となり、1970年(昭和45年)に尾道市に編入されました。島の側では1953年に因島市が生まれ、生口島の瀬戸田町は周りの村と合わさって広がりました。内陸では1955年2月1日に6村などが合わさって御調町ができています。2005年(平成17年)3月28日に御調町と向島町を編入して御調郡がなくなり、2006年(平成18年)1月10日に因島市と瀬戸田町を編入して、今の市域になりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、御調郡に尾道町・美ノ郷村・木ノ庄村・原田村・菅野村・上川辺村・市村・河内村・今津野村・奥村・吉和村・栗原村・向島東村・向島西村・立花村・岩子島村・重井村・大浜村・中庄村・三浦村・三庄村・土生村・田熊村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、沼隈郡に西村・高須村・山波村・浦崎村・百島村、豊田郡に瀬戸田町・高根島村・西生口村・南生口村・東生口村・名荷村・北生口村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1898年4月1日明治31年御調郡尾道町が市制を施行して尾道市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1918年1月1日大正7年御調郡土生村が町制を施行して土生町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1921年6月1日大正10年御調郡三庄村が町制を施行して三庄町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1923年3月1日大正12年御調郡栗原村が町制を施行して栗原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1937年4月1日昭和12年御調郡の吉和村と栗原町が尾道市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1937年4月1日昭和12年豊田郡の瀬戸田町と西生口村が合併し、改めて瀬戸田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1939年7月1日昭和14年沼隈郡山波村が尾道市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1944年1月1日昭和19年豊田郡の瀬戸田町・高根島村・名荷村・北生口村が合併し、改めて瀬戸田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1948年5月3日昭和23年御調郡三浦村が分割され、外ノ浦・鏡ノ浦が中庄村に、椋ノ浦が三庄町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1949年4月1日昭和24年御調郡田熊村が町制を施行して田熊町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1950年4月1日昭和25年御調郡木ノ庄村の一部(江田・国守)が市村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1950年10月1日昭和25年御調郡向島西村が町制を施行し、向島町に改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1951年4月1日昭和26年御調郡深田村が分割され、深が三原市に、久山田が尾道市に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1953年5月1日昭和28年御調郡の重井村・大浜村・中庄村・三庄町・土生町・田熊町と豊田郡東生口村が合併し、市制を施行して因島市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年御調郡の美ノ郷村・木ノ庄村・原田村が尾道市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年御調郡岩子島村が向島町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年4月1日昭和29年御調郡向島東村が町制を施行し、向東町に改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年2月1日昭和30年御調郡の菅野村・上川辺村・市村・河内村・今津野村・奥村と諸田村の一部(大山田・下山田・千堂)が合併して御調町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年2月1日昭和30年沼隈郡の高須村と西村が尾道市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年沼隈郡百島村が尾道市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年御調郡立花村が向島町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年豊田郡の瀬戸田町と南生口村が合併し、改めて瀬戸田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年御調郡御調町の一部(三郎丸)が府中市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1957年1月1日昭和32年沼隈郡浦崎村が尾道市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1970年4月1日昭和45年御調郡向東町が尾道市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2005年3月28日平成17年御調郡の御調町と向島町が尾道市に編入された。これにより御調郡がなくなった。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2006年1月10日平成18年因島市と豊田郡瀬戸田町が尾道市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。