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福山市ふくやまし

1920年には68の町村だった区域が、25回の合併・編入を経て、今の福山市になりました。

68町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の福山市

広島県の最東部、備後地方にある市です。北部は吉備高原に続く山地で、南は瀬戸内海の備後灘に面します。芦田川がつくった三角州と、江戸時代から干拓で広げた平野に市街地があり、江戸時代の福山城の城下町から発展しました。南の鞆は古くからの港町で、松永は下駄づくりで知られます。臨海部には製鉄所や造船所があり、繊維産業も盛んです。

今の福山市の区域の人口は、2020年の国勢調査で460,930人です。今の区域で数えた1980年の425,675人とくらべると8.3%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.2%です。

460,930人人口(2020年)
+8.3%1980年からの増減
517.73km²面積(国土地理院)
890人/km²人口密度
29.2%65歳以上の割合
464,8111980199020052020
15歳未満 13.4%15〜64歳 57.5%65歳以上 29.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:製鉄・造船・機械などの工業と、デニムなどの繊維産業が盛んです。

特産品・名産

  • 福山琴地域団体商標に認定された琴
  • 保命酒鞆町に伝わる滋養酒
  • 備後絣日本三大絣の一つとされる織物

見どころ・祭り

  • 福山城水野勝成が築いた城。伏見櫓と筋鉄御門は重要文化財
  • 鞆の浦瀬戸内海国立公園で最初に指定された地
  • 明王院五重塔と本堂が国宝の寺(草戸町)
  • 廉塾ならびに菅茶山旧宅国の特別史跡(神辺町)

木センダン、クスノキ、モクセイ花バラ、キク福山市の木・花

福山市のなりたち

福山市(ふくやまし)は、広島県備後の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、68の町村がありました。川北村・川南村・本庄村・奈良津村・木之庄村・深津村・吉津村・神島村・手城村・佐波村・草戸村・川口村・上岩成村・下岩成村・森脇村・中津原村・八尋村・下竹田村・上竹田村・下加茂村・法成寺村・田尻村・走島村・郷分村・山手村・今津村・中条村・御野村・道上村・湯田村・本郷村・神村・東村・柳津村・金江村・藤江村・服部村・近田村・宜山村・常金丸村・網引村・戸手村・山南村・千年村・田島村・横島村・山野村・広瀬村・坪生村・春日村・大津野村・有磨村・福相村・千田村・市村・津之郷村・赤坂村・引野村・瀬戸村・水呑村・熊野村・鞆町・藤尾村・松永町・駅家村・加茂村・新市町・福山市です。これらの町村が、25回の合併や編入を経て、今の福山市になりました。

今の名前「福山市」は、1920年にあった福山市の名前を受け継いでいます。ほかの67の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は沼隈郡・深安郡・芦品郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、沼隈郡は2005年(平成17年)2月1日に廃止されました、深安郡は2006年(平成18年)3月1日に廃止されました、芦品郡は2003年(平成15年)2月3日に廃止されました。

681920年の町村の数
25回合併・編入の回数
518km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「福山市」という名前

1619年(元和5年)、水野勝成が備後国の南東部などを与えられて福山藩ができました。勝成は干潟だった深津村・野上村の海辺に城と城下町を築き、この町を「福山」と名づけました。城のあたりがかつて蝙蝠山と呼ばれ、「蝠」の字が「福」に通じることから名づけたという説が伝わっています。

まちの成り立ち

福山の町は、江戸時代に福山城の城下町として始まりました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で深津郡福山町が生まれ、1898年に深津郡と安那郡がまとまって深安郡となります。福山町は1913年に野上村・三吉村を編入し、1916年(大正5年)7月1日に市制を施行して福山市となりました。1933年(昭和8年)に吉津村・手城村・草戸村など10村、1942年に山手村・郷分村を編入しています。戦後の1954年(昭和29年)3月31日、松永町と周りの6村が合わさって松永市が、神辺町と5村が合わさって新しい神辺町が生まれました。1955年には駅家町・新市町・深安町・加茂町・内海町・沼隈町・芦田町が相次いで生まれています。福山市は1956年9月30日に引野村・鞆町・水呑町など10町村、1962年に深安町を編入し、1966年(昭和41年)5月1日に松永市と合わさって新しい福山市となりました。その後、1974年に芦田町、1975年に加茂町と駅家町、2003年(平成15年)に内海町と新市町、2005年に沼隈町、2006年3月1日に神辺町を編入して、今の市域になりました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、深津郡に福山町・野上村・三吉村・川口村・深津村・手城村など、安那郡に川南村・川北村・御野村など、品治郡に倉光村・新市村・戸田村などの村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、沼隈郡に鞆町・松永村・今津村・草戸村・山手村・田島村・横島村など、芦田郡に藤尾村・常金丸村・有磨村・福相村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1895年9月21日明治28年品治郡戸田村が分割され、戸手村と近田村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  4. 1898年10月1日明治31年郡制の施行のため、深津郡と安那郡が深安郡に、芦田郡と品治郡が芦品郡にまとめられた。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  5. 1900年3月3日明治33年沼隈郡松永村が町制を施行して松永町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1907年1月1日明治40年芦品郡新市村が町制を施行して新市町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1913年4月1日大正2年深安郡の野上村と三吉村が福山町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  8. 1913年7月1日大正2年芦品郡の倉光村・中島村・江良村・坊寺村・万能倉村が合併して駅家村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1916年7月1日大正5年深安郡福山町が市制を施行して福山市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  10. 1926年11月1日大正15年沼隈郡今津村が町制を施行して今津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  11. 1929年3月1日昭和4年深安郡の川南村と川北村が合併して神辺町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  12. 1933年1月1日昭和8年深安郡の吉津村・木之庄村・奈良津村・深津村・本庄村・手城村・川口村と沼隈郡の草戸村・佐波村・神島村が福山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  13. 1938年10月1日昭和13年深安郡の中津原村・森脇村・下岩成村・上岩成村が合併して御幸村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  14. 1941年2月11日昭和16年深安郡の八尋村・上竹田村・下竹田村が合併して竹尋村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  15. 1941年10月1日昭和16年深安郡の下加茂村と法成寺村が合併して加法村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  16. 1942年7月1日昭和17年沼隈郡の山手村と郷分村が福山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  17. 1942年7月1日昭和17年沼隈郡の鞆町・田尻村・走島村が合併し、改めて鞆町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  18. 1947年8月1日昭和22年沼隈郡水呑村が町制を施行して水呑町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  19. 1947年11月3日昭和22年芦品郡駅家村が町制を施行して駅家町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  20. 1949年9月1日昭和24年芦品郡福相村の一部(相方)が新市町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  21. 1953年4月1日昭和28年沼隈郡の今津町と松永町が合併し、改めて松永町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  22. 1954年3月31日昭和29年沼隈郡の松永町・東村・本郷村・神村・柳津村・金江村・藤江村が合併し、市制を施行して松永市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  23. 1954年3月31日昭和29年深安郡の神辺町・御野村・竹尋村・湯田村・中条村・道上村が合併し、改めて神辺町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  24. 1955年1月1日昭和30年芦品郡の駅家町・宜山村・近田村・服部村が合併し、改めて駅家町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  25. 1955年2月1日昭和30年芦品郡の新市町・常金丸村・戸手村・網引村が合併し、改めて新市町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  26. 1955年3月31日昭和30年深安郡の大津野村・坪生村・春日村が合併して深安町が、山野村・広瀬村・加茂村が合併して加茂町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  27. 1955年3月31日昭和30年沼隈郡の横島村と田島村が合併して内海町が、千年村と山南村が合併して沼隈町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  28. 1955年4月1日昭和30年芦品郡の有磨村と福相村が合併して芦田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  29. 1956年9月30日昭和31年深安郡の引野村・市村・千田村・御幸村と沼隈郡の津之郷村・赤坂村・瀬戸村・熊野村・水呑町・鞆町が福山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  30. 1956年9月30日昭和31年深安郡加法村が分割され、下加茂と法成寺字鳥越の一部が加茂町に、法成寺の残りが芦品郡駅家町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  31. 1959年7月1日昭和34年芦品郡藤尾村の一部が神石郡三和町に編入され、残りが新市町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  32. 1962年1月1日昭和37年深安郡深安町が福山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  33. 1966年5月1日昭和41年福山市と松永市が合併し、新しい福山市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  34. 1974年4月1日昭和49年芦品郡芦田町が福山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  35. 1975年2月1日昭和50年深安郡加茂町と芦品郡駅家町が福山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  36. 2003年2月3日平成15年沼隈郡内海町と芦品郡新市町が福山市に編入された。これにより芦品郡がなくなった。種類:編入 出典:Wikipedia
  37. 2005年2月1日平成17年沼隈郡沼隈町が福山市に編入された。これにより沼隈郡がなくなった。種類:編入 出典:Wikipedia
  38. 2006年3月1日平成18年深安郡神辺町が福山市に編入された。これにより深安郡がなくなった。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

福山市1916〜今
神辺町1929〜2006
中条村1889〜1954
御野村1889〜1954
道上村1889〜1954
湯田村1889〜1954
竹尋村1941〜1954
八尋村1889〜1941
下竹田村1889〜1941
上竹田村1889〜1941
川北村1889〜1929
川南村1889〜1929
沼隈町1955〜2005
山南村1889〜1955
千年村1889〜1955
新市町1907〜2003
藤尾村1889〜1959
常金丸村1889〜1955
網引村1889〜1955
戸手村1895〜1955
内海町1955〜2003
田島村1889〜1955
横島村1889〜1955
駅家村→駅家町1913〜1975
加法村1941〜1956
下加茂村1889〜1941
法成寺村1889〜1941
服部村1889〜1955
近田村1895〜1955
宜山村1889〜1955
加茂村→加茂町1889〜1975
山野村1889〜1955
広瀬村1889〜1955
芦田町1955〜1974
有磨村1889〜1955
福相村1889〜1955
松永町→松永市1900〜1966
本郷村1889〜1954
神村1889〜1954
東村1889〜1954
柳津村1889〜1954
金江村1889〜1954
藤江村1889〜1954
今津村→今津町1889〜1953
深安町1955〜1962
坪生村1889〜1955
春日村1889〜1955
大津野村1889〜1955
千田村1889〜1956
市村1889〜1956
津之郷村1889〜1956
赤坂村1889〜1956
引野村1889〜1956
瀬戸村1889〜1956
水呑村→水呑町1889〜1956
熊野村1889〜1956
鞆町1889〜1956
田尻村1889〜1942
走島村1889〜1942
御幸村1938〜1956
上岩成村1889〜1938
下岩成村1889〜1938
森脇村1889〜1938
中津原村1889〜1938
郷分村1889〜1942
山手村1889〜1942
本庄村1889〜1933
奈良津村1889〜1933
木之庄村1889〜1933
深津村1889〜1933
吉津村1889〜1933
神島村1889〜1933
手城村1889〜1933
佐波村1889〜1933
草戸村1889〜1933
川口村1889〜1933

参考にした資料