今の広島市
広島県の西部にある県庁所在地で、政令指定都市です。南は瀬戸内海の広島湾に面し、中心部は太田川の河口にできた三角州の上に広がります。そのまわりを丘陵や山地が囲み、北は中国山地に続きます。江戸時代は広島藩の城下町で、1945年に原子爆弾が投下されたあと、平和記念都市として復興しました。製造業や商業の拠点でもあり、カキの養殖も行われています。
今の広島市の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,200,754人です。今の区域で数えた1980年の992,736人とくらべると21.0%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は25.8%です。
主な産業:自動車関連などの製造業と商業が中心で、草津漁港ではカキの養殖も行われています。
特産品・名産
- 広島かき広島湾で養殖されるカキ
- もみじ饅頭もみじの形をした焼き菓子
- 広島菜漬物にされる菜っ葉
見どころ・祭り
- 原爆ドーム世界遺産。国の史跡でもある被爆建造物
- 平和記念公園国の名勝に指定
- 広島城別名は鯉城。国の史跡
- 縮景園国の名勝に指定された庭園
- 不動院金堂が国宝の寺
木クスノキ花キョウチクトウ広島市の木・花
広島市のなりたち
広島市(ひろしまし)は、広島県安芸の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、60の町村がありました。西原村・東原村・牛田村・己斐町・三篠村・古田村・矢賀村・草津町・仁保村・下瀬野村・上瀬野村・中原村・山本村・長束村・秋越村・市川村・有保村・狩小川村・深川村・落合村・口田村・三入村・大林村・亀山村・鈴張村・小河内村・飯室村・久地村・日浦村・石内村・河内村・八幡村・観音村・戸山村・伴村・戸坂村・三川村・八木村・緑井村・川内村・福木村・温品村・中山村・水内村・上水内村・砂谷村・井原村・志屋村・三田村・中野村・畑賀村・井口村・可部町・祇園村・安村・熊野跡村・船越村・矢野町・五日市町・広島市です。これらの町村が、28回の合併や編入を経て、今の広島市になりました。
今の名前「広島市」は、1920年にあった広島市の名前を受け継いでいます。ほかの59の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の広島市が約44km²だったのに対し、今の広島市は約889km²と、およそ20.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は佐伯郡・安佐郡・安芸郡・高田郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、佐伯郡は2005年(平成17年)11月3日に廃止されました、安佐郡は1973年(昭和48年)3月20日に廃止されました、高田郡は2004年(平成16年)3月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧矢野町の区域には矢野駅(呉線)があります。
「広島市」という名前
広島という地名は、戦国大名の毛利輝元が太田川河口の三角州に広島城を築いたころに登場します。由来には二つの説があります。一つは、太田川河口の三角州が島のようになっていた所を指すという地形に由来する説です。もう一つは、毛利氏の祖先の大江広元の「広」と、城地選びに関わった福島元長の「島」をとったとする説です。はっきりしないともされています。
まちの成り立ち
1589年(天正17年)に毛利輝元が広島城の築城を始め、江戸時代には広島藩42万石の城下町として栄えました。1889年(明治22年)4月1日に市制を施行し、広島市となって県庁所在地になりました。1929年(昭和4年)4月1日には牛田村・己斐町・三篠村・古田村・矢賀村・草津町・仁保村を編入しています。戦後は1955年(昭和30年)に戸坂村、1956年に中山村と井口村が加わりました。1970年代には安佐郡や高田郡の町村を相次いで編入します。1971年(昭和46年)に沼田町と安佐町、1972年に可部町と祇園町、1973年に安古市町・高陽町・佐東町・瀬野川町と白木町が加わり、1974年に熊野跡村と安芸町、1975年に船越町と矢野町が続きました。1980年(昭和55年)4月1日に全国で10番目の政令指定都市となり、1985年(昭和60年)3月20日に五日市町を編入しています。2005年(平成17年)4月25日には湯来町を編入しました。
年表
- 1889年4月1日明治22年市制の施行により広島市が発足した。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、沼田郡に三篠村・長束村・山本村・祇園村・西原村・東原村・川内村・八木村・緑井村・安村・伴村・戸山村・久地村・日浦村・小河内村が、高宮郡に可部町・三川村・鈴張村・飯室村・亀山村・大林村・三入村・中原村・深川村・狩小川村・福木村・口田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、安芸郡に牛田村・戸坂村・中山村・矢賀村・温品村・仁保島村・船越村・畑賀村・中野村・下瀬野村・上瀬野村・矢野村、賀茂郡に熊野跡村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、佐伯郡に己斐村・古田村・草津村・井口村・五海市村・石内村・河内村・八幡村・観音村・砂谷村・水内村・上水内村、高田郡に井原村・志屋村・市川村・秋越村・三田村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1895年9月1日明治28年高宮郡深川村の一部(諸木・末光・岩上・玖)が分かれて落合村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1898年10月1日明治31年郡制の施行のため、沼田郡と高宮郡の区域をあわせて安佐郡が発足した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1904年9月15日明治37年安芸郡仁保島村の一部(宇品)が広島市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1907年1月1日明治40年安佐郡三篠村が町制を施行して三篠町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1909年2月11日明治42年佐伯郡草津村が町制を施行して草津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1911年10月1日明治44年佐伯郡五海市村が町制を施行して五日市町に改称し、己斐村が町制を施行して己斐町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1917年8月31日大正6年安芸郡仁保島村が仁保村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1917年10月1日大正6年安芸郡矢野村が町制を施行して矢野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1920年4月1日大正9年安佐郡の西原村と東原村が合併して原村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1928年11月1日昭和3年安芸郡船越村が町制を施行して船越町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1929年4月1日昭和4年安芸郡の仁保村・矢賀村・牛田村、佐伯郡の己斐町・草津町・古田村、安佐郡三篠町が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1931年4月1日昭和6年安芸郡の上瀬野村と下瀬野村が合併して瀬野村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1938年1月1日昭和13年安佐郡祇園村が町制を施行して祇園町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1942年7月1日昭和17年安佐郡の可部町と中原村が合併し、改めて可部町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1943年10月1日昭和18年安佐郡三川村が町制を施行し、古市町に改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1943年11月3日昭和18年安佐郡の祇園町・長束村・山本村・原村が合併し、改めて祇園町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1949年10月1日昭和24年高田郡市川村の一部(大寺地区)が井原村に編入され、市川村の残りと秋越村が合併して高南村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1951年3月1日昭和26年賀茂郡熊野跡村が安芸郡に所属を変えた。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年高田郡有保村が分割され、有留の一部が高南村に、残りが向原町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年安佐郡の深川村・狩小川村・落合村・口田村が合併して高陽町が、鈴張村・飯室村・小河内村・日浦村・久地村が合併して安佐町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年安佐郡の可部町・亀山村・三入村・大林村が合併し、改めて可部町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年安佐郡の伴村と戸山村が合併して沼田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年佐伯郡の五日市町・石内村・河内村・八幡村・観音村が合併し、改めて五日市町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月10日昭和30年安芸郡戸坂村が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年7月1日昭和30年安佐郡の古市町と安村が合併して安古市町が、川内村・八木村・緑井村が合併して佐東町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年3月31日昭和31年安芸郡温品村と安佐郡福木村が合併して安芸郡安芸町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年4月1日昭和31年安芸郡中山村が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年安芸郡の畑賀村・中野村・瀬野村が合併して瀬野川町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年佐伯郡の砂谷村・水内村・上水内村が合併して湯来町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年高田郡の井原村・志屋村・高南村・三田村が合併して白木町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年11月1日昭和31年佐伯郡井口村が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1957年6月10日昭和32年佐伯郡五日市町の一部(佐方の一部)が廿日市町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1971年4月1日昭和46年安佐郡沼田町が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1971年5月20日昭和46年安佐郡安佐町が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1972年4月1日昭和47年安佐郡可部町が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1972年8月27日昭和47年安佐郡祇園町が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1973年3月20日昭和48年安佐郡の高陽町・佐東町・安古市町と安芸郡瀬野川町が広島市に編入された。これにより安佐郡がなくなった。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1973年10月22日昭和48年高田郡白木町が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1974年11月1日昭和49年安芸郡の安芸町と熊野跡村が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1975年3月20日昭和50年安芸郡の船越町と矢野町が広島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1980年4月1日昭和55年広島市が政令指定都市となり、中区・東区・南区・西区・安佐南区・安佐北区・安芸区の7区が置かれた。種類:その他 出典:Wikipedia
- 1985年3月20日昭和60年佐伯郡五日市町が広島市に編入され、その区域に佐伯区が置かれた。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2005年4月25日平成17年佐伯郡湯来町が広島市に編入され、佐伯区の一部となった。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。