今の坂町
広島県の南西部、広島市と呉市のあいだにある町です。瀬戸内海の広島湾に面し、森山や頭部山などの山が町の多くを占めます。昭和20年代までは安芸郡の陸地で最も人口の多い町でした。急な山地と海沿いの平地に集落が広がり、埋め立てでできた平成ヶ浜地区もあります。亥の子祭りや八幡神社の秋大祭などの伝統行事が受け継がれています。
今の坂町の区域の人口は、2020年の国勢調査で12,582人です。今の区域で数えた1980年の13,350人とくらべると5.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は29.6%です。
主な産業:広島市と呉市のあいだの住宅地として発展し、埋め立て地には商業施設や工場が立地しています。漁協による漁業も営まれています。
特産品・名産
- 芸州坂うどん町の特産品として売られているうどん
- 坂 うめじろうまんじゅう町の特産品として売られているまんじゅう
見どころ・祭り
- ベイサイドビーチ坂広島湾に面した町の海水浴場
- 亥の子神楽刎条・中村地区に伝わる神楽
- 八幡山八幡神社の秋大祭毎年10月に営まれる町の秋祭り
- 高尾山城跡町の名所として紹介される山城の跡
木梅花あさがお鳥メジロ坂町の木・花・鳥
坂町のなりたち
坂町(さかちょう)は、広島県安芸の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに坂村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は安芸郡に属していました。
「坂町」という名前
「坂」という地名の由来は、はっきりしていません。町は広島湾に面し、急な山地と海沿いのわずかな平地からなっていて、昔から山の斜面と海のあいだに集落が広がってきました。1889年(明治22年)の町村制で生まれた坂村の名が、1950年(昭和25年)に町制を施行したあとも町の名として受け継がれています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、安芸郡に坂村が発足しました。1950年(昭和25年)8月1日に町制を施行して坂町となり、現在まで続いています。ほかの町村と合わさることはなく、町の区域はほぼ変わっていません。もとは横浜島という島がありましたが、埋め立てで本土とつながりました。昭和20年代までは、安芸郡の陸地にある町村の中で最も人口が多い町でした。その後は、まわりの市や町で住宅団地が造られて人口が増えたのに対し、坂町は山の多くが市街化調整区域で、大きな団地を造ることが難しく、人口は大きく増えませんでした。近年は広島湾を埋め立てた平成ヶ浜地区にマンションや県営住宅が整備されています。町は土砂災害にたびたびあってきました。1907年(明治40年)7月の豪雨では総頭川が決壊し、2018年(平成30年)7月の豪雨では大きな被害が出ています。安芸郡には、今も町として残る町が4つあり、坂町はその一つです。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、安芸郡に坂村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1950年8月1日昭和25年安芸郡坂村が町制を施行して坂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。