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大竹市おおたけし

1920年には6の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の大竹市になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の大竹市

広島県の南西部、県の最も西にある市です。山口県との境を小瀬川が流れ、南東は瀬戸内海に面します。海沿いの平地に市街地が広がり、北は中国山地に連なります。小瀬川の清流を使った手すき和紙が江戸時代から伝わり、化学繊維や石油化学の工場も集まる工業のまちです。岩国市や和木町とつながりが強く、一つの都市圏を形成しています。

今の大竹市の区域の人口は、2020年の国勢調査で26,319人です。今の区域で数えた1980年の36,075人とくらべると27.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.8%です。

26,319人人口(2020年)
−27.0%1980年からの増減
78.66km²面積(国土地理院)
335人/km²人口密度
35.8%65歳以上の割合
36,0751980199020052020
15歳未満 10.9%15〜64歳 53.3%65歳以上 35.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:化学繊維や石油化学などの工業が盛んで、伝統の手すき和紙づくりも続いています。

特産品・名産

  • 大竹手すき和紙小瀬川の清流で江戸時代から作られる和紙
  • 手描きこいのぼり手すき和紙を使い、市のシンボルマークの題材にもなった
  • 医療用手袋名産・特産に挙げられる

見どころ・祭り

  • 亀居城福島正則が築いた城。市の史跡
  • 弥栄ダム・弥栄峡小瀬川の渓谷とダム湖
  • 蛇喰磐小瀬川沿いの名所
  • 三倉岳三倉岳県立自然公園にある山
  • 阿多田島市域の有人島

木クロガネモチ花サツキ大竹市の木・花

大竹市のなりたち

大竹市(おおたけし)は、広島県安芸の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。油見村・木野村・栗谷村・玖波村・小方村・大竹町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の大竹市になりました。

今の名前「大竹市」は、1920年にあった大竹町の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の大竹町が約4km²だったのに対し、今の大竹市は約76km²と、およそ17.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は佐伯郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、佐伯郡は2005年(平成17年)11月3日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧玖波村の区域には玖波駅(山陽本線)があります。

61920年の町村の数
4回合併・編入の回数
79km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

「大竹市」という名前

「大竹」という地名の由来は、はっきりしていません。この地は古代には遠管郷(おかのさと)と呼ばれ、都と大宰府を結ぶ古代山陽道の安芸国の最後の駅が置かれた交通の要所でした。市の名は、1954年(昭和29年)に周りの町村と合わさって市になったとき、大竹町の名を引き継いだものです。

まちの成り立ち

江戸時代の初めには、福島正則が小方に亀居城を築きました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、佐伯郡に大竹村・玖波村・小方村・油見村・木野村・栗谷村などが生まれました。大竹村は1911年(明治44年)に町制を施行して大竹町となり、1924年(大正13年)には玖波村が玖波町になりました。1929年(昭和4年)に油見村、1951年(昭和26年)に木野村が大竹町に編入され、同じ1951年に小方村が町制を施行して小方町となっています。1954年(昭和29年)9月1日、大竹町・小方町・玖波町・栗谷村と友和村の松ケ原地区が合わさって市制を施行し、大竹市が生まれました。戦時中は海軍の潜水学校があり、戦後は大竹港が海外からの引き揚げ港になりました。その後、県と市が企業を招き、日本で最初の石油化学コンビナートができたとされます。市域は南北に細長く、大半は山がちで、海沿いの平地に市街地が広がっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、佐伯郡に大竹村・玖波村・小方村・油見村・木野村・栗谷村・三和村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1911年1月1日明治44年佐伯郡大竹村が町制を施行して大竹町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1924年6月1日大正13年佐伯郡玖波村が町制を施行して玖波町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1929年4月1日昭和4年佐伯郡油見村が大竹町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  5. 1929年4月1日昭和4年佐伯郡の友原村と三和村が合併して友和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1951年2月11日昭和26年佐伯郡小方村が町制を施行して小方町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1951年4月1日昭和26年佐伯郡木野村が大竹町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  8. 1954年9月1日昭和29年佐伯郡の大竹町・小方町・玖波町・栗谷村と友和村の一部(松ケ原)が合併し、市制を施行して大竹市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

大竹町→大竹市1911〜今
栗谷村1889〜1954
玖波村→玖波町1889〜1954同じ名前の駅:玖波駅
小方村1889〜1954
木野村1889〜1951
油見村1889〜1929

参考にした資料