今の大崎上島町
瀬戸内海のほぼ中央、芸予諸島の大崎上島などを町域とする町です。竹原港や安芸津港とフェリーで結ばれ、南は愛媛県の大三島や岡村島と向かい合っています。平地は少なく、温暖で雨の少ない気候が柑橘類の栽培に向いています。島内の浦々に造船所があり、栽培漁業や近海漁業も営まれます。東野・大崎・木江の三つの町が合わさってできました。
今の大崎上島町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,158人です。今の区域で数えた1980年の15,146人とくらべると52.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.6%です。
主な産業:柑橘類の栽培と造船業が盛んで、栽培漁業や近海漁業も行われています。
特産品・名産
- 温州みかん島の気候を生かして栽培される柑橘
- 上島トマト島の特産品に挙げられるトマト
- ブルーベリー島の特産品に挙げられる果実
見どころ・祭り
- 神峰山木江地区の切り立った山
- 大串海水浴場・キャンプ場島の海水浴場とキャンプ場
- きのえ温泉島内の温泉
- 大崎上島 海と島の歴史資料館島の歴史を紹介する資料館
木みかん花パンジー大崎上島町の木・花
大崎上島町のなりたち
大崎上島町(おおさきかみじまちょう)は、広島県安芸の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。大崎南村・中野村・西野村・東野村・木ノ江町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の大崎上島町になりました。
今の名前「大崎上島町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の東野村が約12km²だったのに対し、今の大崎上島町は約42km²と、およそ3.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は豊田郡に属していました。
「大崎上島町」という名前
大崎上島町の名は、町の中心となる島「大崎上島」の名からとられています。2003年(平成15年)4月1日に、豊田郡の大崎町・木江町・東野町の3町が合わさって生まれました。「大崎上島」という島の名そのものの由来は、はっきりしていません。町は芸予諸島のほぼ中央にあります。
まちの成り立ち
大崎上島には、1889年(明治22年)4月1日の町村制で、大崎南村・西野村・大崎中野村・東野村の4村が生まれました。大崎中野村は1917年(大正6年)に中野村と名前を改め、1920年には東野村と中野村の一部が分かれて木ノ江町ができました。木ノ江町は1943年(昭和18年)10月1日に木江町と名前を改めています。1955年(昭和30年)3月31日、西野村と中野村が合わさって大崎町が生まれ、木江町と大崎南村が合わさって新しい木江町となりました。東野村は1964年(昭和39年)4月1日に町制を施行して東野町となりました。平地が少ない木江と東野では、柑橘類の栽培と造船業が盛んで、櫂伝馬の祭りなどにも共通点があります。2003年(平成15年)4月1日、大崎町・木江町・東野町の3町が合わさって大崎上島町が生まれました。役場は竹原方面への玄関口にあたる旧東野町の庁舎に置かれています。ほかの豊田郡の町が周りの市に編入されたため、今は豊田郡でただ一つの町です。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、豊田郡に大崎南村・西野村・大崎中野村・東野村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1917年4月1日大正6年豊田郡大崎中野村が中野村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1920年1月1日大正9年豊田郡東野村の一部(字道中など)と中野村の一部(字野賀など)が分かれて木ノ江町が発足した。種類:その他 出典:Wikipedia
- 1943年10月1日昭和18年豊田郡木ノ江町が木江町に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年豊田郡の西野村と中野村が合併して大崎町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年豊田郡の木江町と大崎南村が合併し、改めて木江町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1964年4月1日昭和39年豊田郡東野村が町制を施行して東野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2003年4月1日平成15年豊田郡の大崎町・東野町・木江町が合併して大崎上島町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。