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竹原市たけはらし

1920年には10の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の竹原市になりました。

10町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の竹原市

広島県の南中部、瀬戸内海に面した市です。市街地は、JR竹原駅を中心とする商業地区、港を中心とする工業地区、寺院が集まる町並み保存地区に分かれます。室町時代から港町として知られ、江戸時代後期には製塩と酒造で栄えました。市の特産のタケノコは、小吹地区などで作られています。今も古い町並みが残り、「安芸の小京都」と呼ばれます。

今の竹原市の区域の人口は、2020年の国勢調査で23,993人です。今の区域で数えた1980年の36,895人とくらべると35.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.3%です。

23,993人人口(2020年)
−35.0%1980年からの増減
118.23km²面積(国土地理院)
203人/km²人口密度
42.3%65歳以上の割合
36,8951980199020052020
15歳未満 8.9%15〜64歳 48.8%65歳以上 42.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:非鉄金属や造船、木材などの工業と、タケノコやぶどうなどの農業、漁業が営まれています。

特産品・名産

  • タケノコ小吹地区などの特産
  • 日本酒藤井酒造・中尾醸造・竹鶴酒造の酒蔵がある
  • ジャムアヲハタの本社工場がある

見どころ・祭り

  • たけはら町並み保存地区国の重要伝統的建造物群保存地区
  • 木村城県指定史跡の城跡
  • 竹鶴酒造竹鶴政孝の生家
  • 竹原市歴史民俗資料館旧市立竹原書院図書館の建物を利用

木竹花梅竹原市の木・花

竹原市のなりたち

竹原市(たけはらし)は、広島県安芸の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。下野村・東野村・大乗村・南方村・荘野村・田万里村・賀永村・吉名村・忠海村・竹原町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の竹原市になりました。

今の名前「竹原市」は、1920年にあった竹原町の名前を受け継いでいます。ほかの9の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の竹原町が約7km²だったのに対し、今の竹原市は約116km²と、およそ17.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は豊田郡・賀茂郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、賀茂郡は2005年(平成17年)3月22日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大乗村の区域には大乗駅(呉線)があります。旧吉名村の区域には吉名駅(呉線)があります。旧忠海村の区域には忠海駅(呉線)があります。

101920年の町村の数
5回合併・編入の回数
118km²今の面積
1958年いちばん新しい合併

「竹原市」という名前

竹原の名の由来は、二つの説に分かれています。一つは「竹の原」を意味するという説、もう一つは荘園を管理していた人が竹原氏だったからという説です。竹原の地は、奈良時代の墾田永年私財法のもとで、京都の下鴨神社の荘園として開かれたのが始まりとされています。

まちの成り立ち

竹原は、戦国時代に毛利元就の三男の隆景が小早川氏の養子として幼いころを過ごした地で、江戸時代の後期には塩田と酒造で栄えました。1889年(明治22年)の町村制で、賀茂郡に下市村(4月16日に町制を施行して竹原町)や荘野村・下野村・東野村・賀永村、豊田郡に忠海町・田万里村・大乗村・吉名村などが生まれました。1952年(昭和27年)4月1日に竹原町と下野村が合わさり、1954年3月31日には東野村・大乗村と南方村の一部が竹原町に入りました。1955年(昭和30年)3月31日には竹原町・荘野村・田万里村が合わさって新しい竹原町となっています。1956年4月1日に竹原町は郡の組みかえで豊田郡に移り、9月30日に吉名村と賀永村の残りの区域を編入しました。1958年(昭和33年)11月3日、竹原町と忠海町が合わさって市制を施行し、竹原市が生まれました。1982年には竹原の町並みが重要伝統的建造物群保存地区に選ばれ、「安芸の小京都」と呼ばれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、賀茂郡に下市村・下野村・東野村・荘野村・賀永村、豊田郡に忠海町・田万里村・大乗村・吉名村・南方村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月16日明治22年賀茂郡下市村が町制を施行し、竹原町に改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1952年4月1日昭和27年賀茂郡の竹原町と下野村が合併し、改めて竹原町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1954年3月31日昭和29年賀茂郡東野村と豊田郡大乗村、豊田郡南方村の一部が竹原町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  5. 1955年3月31日昭和30年賀茂郡の竹原町・荘野村と豊田郡田万里村が合併し、改めて賀茂郡竹原町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1956年4月1日昭和31年賀茂郡の竹原町と賀永村が豊田郡に所属を変えた。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  7. 1956年9月30日昭和31年豊田郡吉名村と、賀永村の残り(仁賀のうち西条町に移った区域を除く部分)が竹原町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  8. 1958年11月3日昭和33年豊田郡の竹原町と忠海町が合併し、市制を施行して竹原市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

竹原町→竹原市1889〜今
忠海村→忠海町1889〜1958同じ名前の駅:忠海駅
賀永村1889〜1956
吉名村1889〜1956同じ名前の駅:吉名駅
荘野村1889〜1955
田万里村1889〜1955
南方村1889〜1954
東野村1889〜1954
大乗村1889〜1954同じ名前の駅:大乗駅
下野村1889〜1952

参考にした資料