今の八代市
今の八代市の区域の人口は、2020年の国勢調査で123,067人です。今の区域で数えた1980年の150,389人とくらべると18.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.6%です。
八代市のなりたち
八代市(やつしろし)は、熊本県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、31の町村がありました。北種山村・南種山村・小浦村・太田郷村・松高村・植柳村・八千把村・金剛村・高田村・下岳村・仁田尾村・葉木村・柿迫村・樅木村・栗木村・椎原村・久連子村・文政村・有佐村・河俣村・宮地村・日奈久町・郡築村・二見村・龍峰村・下松求麻村・上松求麻村・百済来村・鏡町・千丁村・八代町です。これらの町村が、14回の合併や編入を経て、今の八代市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1923年(大正12年)11月1日に北種山村・南種山村・小浦村が合わさって、種山村が生まれました。1936年(昭和11年)4月1日に太田郷村が、八代町と一つになりました。1940年(昭和15年)9月1日に松高村・植柳村が合わさって、八代市が生まれました。1940年(昭和15年)9月1日に八代町が市になり、八代市となりました(市制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1953年ごろに郡築村が、八代市と一つになりました。1954年(昭和29年)4月1日に八千把村・金剛村・高田村が、八代市に入りました(編入)。1954年(昭和29年)10月1日に下岳村・仁田尾村・葉木村・柿迫村・樅木村・栗木村・椎原村・久連子村が合わさって、泉村が生まれました。1955年(昭和30年)2月1日に文政村・有佐村が合わさって、鏡町が生まれました。1955年(昭和30年)2月1日に河俣村・種山村が合わさって、東陽村が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に宮地村・日奈久町が、八代市に入りました(編入)。1956年(昭和31年)4月1日に昭和村が、八代市に入りました(編入)。1957年(昭和32年)1月1日に二見村が、八代市に入りました(編入)。1961年(昭和36年)3月1日に龍峰村が、八代市に入りました(編入)。1961年(昭和36年)4月1日に下松求麻村・上松求麻村・百済来村が合わさって、坂本村が生まれました。この時期だけで10回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1976年(昭和51年)9月1日に千丁村が町になり、千丁町となりました(町制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)8月1日に鏡町・千丁町・泉村・東陽村・坂本村が合わさって、八代市が生まれました。
今の名前「八代市」は、1920年にあった八代町の名前を受け継いでいます。ほかの30の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は八代郡・葦北郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧葉木村の区域には葉木駅(肥薩線)があります。旧有佐村の区域には有佐駅(鹿児島本線)があります。旧日奈久町の区域には日奈久温泉駅(肥薩おれんじ鉄道線)があります。旧千丁村の区域には千丁駅(鹿児島本線)があります。
年表
- 1923年11月1日大正12年北種山村・南種山村・小浦村が合わさって、種山村が生まれた出典:wiki
- 1936年4月1日昭和11年太田郷村が、八代町と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1940年9月1日昭和15年松高村・植柳村が合わさって、八代市が生まれた出典:wiki
- 1940年9月1日昭和15年八代町が市になり、八代市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1953年ごろ1950〜1955年のあいだ郡築村が、八代市と一つになった
- 1954年4月1日昭和29年八千把村・金剛村・高田村が、八代市に入った(編入)出典:wiki
- 1954年10月1日昭和29年下岳村・仁田尾村・葉木村・柿迫村・樅木村・栗木村・椎原村・久連子村が合わさって、泉村が生まれた出典:wiki
- 1955年2月1日昭和30年文政村・有佐村が合わさって、鏡町が生まれた出典:wiki
- 1955年2月1日昭和30年河俣村・種山村が合わさって、東陽村が生まれた出典:wiki
- 1955年4月1日昭和30年宮地村・日奈久町が、八代市に入った(編入)出典:wiki
- 1956年4月1日昭和31年昭和村が、八代市に入った(編入)出典:wiki
- 1957年1月1日昭和32年二見村が、八代市に入った(編入)出典:wiki
- 1961年3月1日昭和36年龍峰村が、八代市に入った(編入)出典:wiki
- 1961年4月1日昭和36年下松求麻村・上松求麻村・百済来村が合わさって、坂本村が生まれた出典:wiki
- 1976年9月1日昭和51年千丁村が町になり、千丁町となった(町制施行)e-Stat「千丁村(43462)が千丁町(43462)に町制施行」
- 2005年8月1日平成17年鏡町・千丁町・泉村・東陽村・坂本村が合わさって、八代市が生まれたe-Stat「八代市(43202)、坂本村(43461)、千丁町(43462)、鏡町(43463)、東陽村(43466)、泉村(43467)が合併し、八代市を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。