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八代市やつしろし

1920年には31の町村だった区域が、14回の合併・編入を経て、今の八代市になりました。

31町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の八代市

今の八代市の区域の人口は、2020年の国勢調査で123,067人です。今の区域で数えた1980年の150,389人とくらべると18.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.6%です。

123,067人人口(2020年)
−18.2%1980年からの増減
681.3km²面積(国土地理院)
181人/km²人口密度
34.6%65歳以上の割合
150,3891980199020052020
15歳未満 12.0%15〜64歳 53.4%65歳以上 34.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

八代市のなりたち

八代市(やつしろし)は、熊本県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、31の町村がありました。北種山村・南種山村・小浦村・太田郷村・松高村・植柳村・八千把村・金剛村・高田村・下岳村・仁田尾村・葉木村・柿迫村・樅木村・栗木村・椎原村・久連子村・文政村・有佐村・河俣村・宮地村・日奈久町・郡築村・二見村・龍峰村・下松求麻村・上松求麻村・百済来村・鏡町・千丁村・八代町です。これらの町村が、14回の合併や編入を経て、今の八代市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1923年(大正12年)11月1日に北種山村・南種山村・小浦村が合わさって、種山村が生まれました。1936年(昭和11年)4月1日に太田郷村が、八代町と一つになりました。1940年(昭和15年)9月1日に松高村・植柳村が合わさって、八代市が生まれました。1940年(昭和15年)9月1日に八代町が市になり、八代市となりました(市制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1953年ごろに郡築村が、八代市と一つになりました。1954年(昭和29年)4月1日に八千把村・金剛村・高田村が、八代市に入りました(編入)。1954年(昭和29年)10月1日に下岳村・仁田尾村・葉木村・柿迫村・樅木村・栗木村・椎原村・久連子村が合わさって、泉村が生まれました。1955年(昭和30年)2月1日に文政村・有佐村が合わさって、鏡町が生まれました。1955年(昭和30年)2月1日に河俣村・種山村が合わさって、東陽村が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に宮地村・日奈久町が、八代市に入りました(編入)。1956年(昭和31年)4月1日に昭和村が、八代市に入りました(編入)。1957年(昭和32年)1月1日に二見村が、八代市に入りました(編入)。1961年(昭和36年)3月1日に龍峰村が、八代市に入りました(編入)。1961年(昭和36年)4月1日に下松求麻村・上松求麻村・百済来村が合わさって、坂本村が生まれました。この時期だけで10回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

その後、1976年(昭和51年)9月1日に千丁村が町になり、千丁町となりました(町制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)8月1日に鏡町・千丁町・泉村・東陽村・坂本村が合わさって、八代市が生まれました。

今の名前「八代市」は、1920年にあった八代町の名前を受け継いでいます。ほかの30の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は八代郡・葦北郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧葉木村の区域には葉木駅(肥薩線)があります。旧有佐村の区域には有佐駅(鹿児島本線)があります。旧日奈久町の区域には日奈久温泉駅(肥薩おれんじ鉄道線)があります。旧千丁村の区域には千丁駅(鹿児島本線)があります。

311920年の町村の数
14回合併・編入の回数
681km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1923年11月1日大正12年北種山村・南種山村・小浦村が合わさって、種山村が生まれた出典:wiki
  2. 1936年4月1日昭和11年太田郷村が、八代町と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 1940年9月1日昭和15年松高村・植柳村が合わさって、八代市が生まれた出典:wiki
  4. 1940年9月1日昭和15年八代町が市になり、八代市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  5. 1953年ごろ1950〜1955年のあいだ郡築村が、八代市と一つになった
  6. 1954年4月1日昭和29年八千把村・金剛村・高田村が、八代市に入った(編入)出典:wiki
  7. 1954年10月1日昭和29年下岳村・仁田尾村・葉木村・柿迫村・樅木村・栗木村・椎原村・久連子村が合わさって、泉村が生まれた出典:wiki
  8. 1955年2月1日昭和30年文政村・有佐村が合わさって、鏡町が生まれた出典:wiki
  9. 1955年2月1日昭和30年河俣村・種山村が合わさって、東陽村が生まれた出典:wiki
  10. 1955年4月1日昭和30年宮地村・日奈久町が、八代市に入った(編入)出典:wiki
  11. 1956年4月1日昭和31年昭和村が、八代市に入った(編入)出典:wiki
  12. 1957年1月1日昭和32年二見村が、八代市に入った(編入)出典:wiki
  13. 1961年3月1日昭和36年龍峰村が、八代市に入った(編入)出典:wiki
  14. 1961年4月1日昭和36年下松求麻村・上松求麻村・百済来村が合わさって、坂本村が生まれた出典:wiki
  15. 1976年9月1日昭和51年千丁村が町になり、千丁町となった(町制施行)e-Stat「千丁村(43462)が千丁町(43462)に町制施行」
  16. 2005年8月1日平成17年鏡町・千丁町・泉村・東陽村・坂本村が合わさって、八代市が生まれたe-Stat「八代市(43202)、坂本村(43461)、千丁町(43462)、鏡町(43463)、東陽村(43466)、泉村(43467)が合併し、八代市を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

八代町→八代市1889〜今
鏡町1889〜2005
文政村1889〜1955
有佐村1889〜1955同じ名前の駅:有佐駅
千丁村→千丁町1889〜2005同じ名前の駅:千丁駅
泉村1954〜2005
下岳村1889〜1954
仁田尾村1889〜1954
葉木村1889〜1954同じ名前の駅:葉木駅
柿迫村1889〜1954
樅木村1889〜1954
栗木村1889〜1954
椎原村1889〜1954
久連子村1889〜1954
東陽村1955〜2005
河俣村1889〜1955
種山村1923〜1955
北種山村1889〜1923
南種山村1889〜1923
小浦村1889〜1923
坂本村1961〜2005同じ名前の駅:坂本駅
下松求麻村1889〜1961
上松求麻村1889〜1961
百済来村1889〜1961
龍峰村1889〜1961
二見村1889〜1957
昭和村1889〜1956
郡築村1909〜1955
宮地村1889〜1955
日奈久町1902〜1955同じ名前の駅:日奈久駅
八千把村1889〜1954
金剛村1889〜1954
高田村1889〜1954
松高村1889〜1940
植柳村1889〜1940
太田郷村1889〜1936