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山都町やまとちょう

1920年には11の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の山都町になりました。

11町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の山都町

今の山都町の区域の人口は、2020年の国勢調査で13,503人です。今の区域で数えた1980年の26,336人とくらべると48.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は50.3%です。

13,503人人口(2020年)
−48.7%1980年からの増減
544.67km²面積(国土地理院)
25人/km²人口密度
50.3%65歳以上の割合
26,3361980199020052020
15歳未満 9.2%15〜64歳 40.5%65歳以上 50.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

山都町のなりたち

山都町(やまとちょう)は、熊本県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、11の町村がありました。浜町・御岳村・下矢部村・白糸村・朝日村・小峰村・柏村・菅尾村・馬見原町・中島村・名連川村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の山都町になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)2月1日に浜町・御岳村・下矢部村・白糸村が合わさって、矢部町が生まれました。1956年(昭和31年)7月1日に朝日村・小峰村が合わさって、清和村が生まれました。1956年(昭和31年)9月30日に柏村・菅尾村・馬見原町が合わさって、蘇陽町が生まれました。1957年(昭和32年)4月1日に中島村・名連川村が、矢部町に入りました(編入)。この時期だけで4回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)2月11日に矢部町・清和村・蘇陽町が合わさって、山都町が生まれました。

今の名前「山都町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの11の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の白糸村が約84km²だったのに対し、今の山都町は約523km²と、およそ6.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は上益城郡・阿蘇郡に属していました。

111920年の町村の数
5回合併・編入の回数
545km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1955年2月1日昭和30年浜町・御岳村・下矢部村・白糸村が合わさって、矢部町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日・wiki
  2. 1956年7月1日昭和31年朝日村・小峰村が合わさって、清和村が生まれた出典:wiki
  3. 1956年9月30日昭和31年柏村・菅尾村・馬見原町が合わさって、蘇陽町が生まれた出典:wiki
  4. 1957年4月1日昭和32年中島村・名連川村が、矢部町に入った(編入)出典:wiki
  5. 2005年2月11日平成17年矢部町・清和村・蘇陽町が合わさって、山都町が生まれたe-Stat「蘇陽町(43427)、矢部町(43445)、清和村(43446)が合併し、山都町(43447)を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

山都町2005〜今
矢部町1955〜2005
中島村1889〜1957
名連川村1889〜1957
浜町1912〜1955
御岳村1889〜1955
下矢部村1889〜1955
白糸村1889〜1955
清和村1956〜2005
朝日村1889〜1956
小峰村1889〜1956
蘇陽町1956〜2005
柏村1889〜1956
菅尾村1889〜1956
馬見原町1889〜1956