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阿蘇市あそし

1920年には10の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の阿蘇市になりました。

10町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の阿蘇市

今の阿蘇市の区域の人口は、2020年の国勢調査で24,930人です。今の区域で数えた1980年の34,004人とくらべると26.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.4%です。

24,930人人口(2020年)
−26.7%1980年からの増減
376.3km²面積(国土地理院)
66人/km²人口密度
40.4%65歳以上の割合
34,0041980199020052020
15歳未満 11.2%15〜64歳 48.4%65歳以上 40.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

阿蘇市のなりたち

阿蘇市(あそし)は、熊本県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。中通村・古城村・宮地町・坂梨村・山田村・内牧町・尾ケ石村・黒川村・永水村・波野村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の阿蘇市になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)4月1日に山田村・内牧町・尾ケ石村・黒川村・永水村が合わさって、阿蘇町が生まれました。1954年(昭和29年)4月1日に中通村・古城村・宮地町・坂梨村が合わさって、一の宮町が生まれました。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)2月11日に波野村・一の宮町が合わさって、阿蘇市が生まれました。2005年(平成17年)2月11日に阿蘇町が市になり、阿蘇市となりました(市制施行)。

今の名前「阿蘇市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの10の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の波野村が約69km²だったのに対し、今の阿蘇市は約361km²と、およそ5.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は阿蘇郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧宮地町の区域には宮地駅(豊肥本線)があります。旧内牧町の区域には内牧駅(豊肥本線)があります。旧波野村の区域には波野駅(豊肥本線)があります。

101920年の町村の数
3回合併・編入の回数
376km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1954年4月1日昭和29年山田村・内牧町・尾ケ石村・黒川村・永水村が合わさって、阿蘇町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日・wiki
  2. 1954年4月1日昭和29年中通村・古城村・宮地町・坂梨村が合わさって、一の宮町が生まれた出典:wiki
  3. 2005年2月11日平成17年波野村・一の宮町が合わさって、阿蘇市が生まれたe-Stat「一の宮町(43421)、阿蘇町(43422)、波野村(43426)が合併し、阿蘇市(43214)を新設」
  4. 2005年2月11日平成17年阿蘇町が市になり、阿蘇市となった(市制施行)e-Stat「一の宮町(43421)、阿蘇町(43422)、波野村(43426)が合併し、阿蘇市(43214)を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

阿蘇町→阿蘇市1954〜今
波野村1889〜2005同じ名前の駅:波野駅
一の宮町1954〜2005
中通村1889〜1954
古城村1889〜1954
宮地町1901〜1954同じ名前の駅:宮地駅
坂梨村1889〜1954
山田村1889〜1954
内牧町1906〜1954同じ名前の駅:内牧駅
尾ケ石村1889〜1954
黒川村1889〜1954
永水村1889〜1954