今の玉名市
今の玉名市の区域の人口は、2020年の国勢調査で64,292人です。今の区域で数えた1980年の72,324人とくらべると11.1%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.4%です。
玉名市のなりたち
玉名市(たまなし)は、熊本県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、20の町村がありました。高瀬町・月瀬村・築山村・石貫村・玉名村・小田村・梅林村・八嘉村・伊倉町・豊水村・滑石村・大浜町・玉水村・小天村・睦合村・大野村・鍋村・高道村・横島村・弥富町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の玉名市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1942年(昭和17年)5月20日に高瀬町が合わさって、玉名市が生まれました。1942年(昭和17年)5月20日に弥富町が、名前を玉名町に変えました。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1953年ごろに玉名町が市になり、玉名市となりました(市制施行)。1954年(昭和29年)4月1日に月瀬村・築山村・石貫村・玉名村・小田村・梅林村・八嘉村・伊倉町・豊水村・滑石村・大浜町が合わさって、玉名市が生まれました。1954年(昭和29年)10月1日に玉水村・小天村が合わさって、天水町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に睦合村・大野村・鍋村・高道村が合わさって、岱明町が生まれました。1958年ごろに天水村が町になり、天水町となりました(町制施行)。この時期だけで5回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1963年ごろに岱明村が町になり、岱明町となりました(町制施行)。1968年(昭和43年)11月1日に横島村が町になり、横島町となりました(町制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)10月3日に横島町・岱明町・天水町が合わさって、玉名市が生まれました。
今の名前「玉名市」は、1920年にあった玉名村の名前を受け継いでいます。ほかの19の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の弥富町が約5km²だったのに対し、今の玉名市は約147km²と、およそ28.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は玉名郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧高瀬町の区域には高瀬駅(鹿児島本線)があります。旧大野村の区域には大野下駅(鹿児島本線)があります。
年表
- 1942年5月20日昭和17年高瀬町が合わさって、玉名市が生まれた出典:wiki
- 1942年5月20日昭和17年弥富町が、名前を玉名町に変えた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1953年ごろ1950〜1955年のあいだ玉名町が市になり、玉名市となった(市制施行)
- 1954年4月1日昭和29年月瀬村・築山村・石貫村・玉名村・小田村・梅林村・八嘉村・伊倉町・豊水村・滑石村・大浜町が合わさって、玉名市が生まれた出典:wiki
- 1954年10月1日昭和29年玉水村・小天村が合わさって、天水町が生まれた出典:wiki
- 1955年4月1日昭和30年睦合村・大野村・鍋村・高道村が合わさって、岱明町が生まれた出典:wiki
- 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ天水村が町になり、天水町となった(町制施行)
- 1963年ごろ1960〜1965年のあいだ岱明村が町になり、岱明町となった(町制施行)
- 1968年11月1日昭和43年横島村が町になり、横島町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 2005年10月3日平成17年横島町・岱明町・天水町が合わさって、玉名市が生まれたe-Stat「玉名市(43206)、岱明町(43361)、横島町(43362)、天水町(43363)が合併し、玉名市を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。