今の山鹿市
今の山鹿市の区域の人口は、2020年の国勢調査で49,025人です。今の区域で数えた1980年の62,839人とくらべると22.0%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.1%です。
山鹿市のなりたち
山鹿市(やまがし)は、熊本県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、20の町村がありました。岩野村・岳間村・広見村・三岳村・平小城村・三玉村・八幡村・川辺村・大道村・米田村・内田村・六郷村・城北村・稲田村・来民町・中富村・米野岳村・千田村・山内村・山鹿町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の山鹿市になりました。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)4月1日に三岳村・平小城村・三玉村・八幡村・川辺村・大道村・米田村が合わさって、山鹿市が生まれました。1954年(昭和29年)4月1日に岩野村・岳間村・広見村が合わさって、鹿北町が生まれました。1954年(昭和29年)4月1日に山鹿町が市になり、山鹿市となりました(市制施行)。1955年(昭和30年)4月1日に内田村・六郷村・城北村が合わさって、菊鹿町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に稲田村・来民町・中富村が合わさって、鹿本町が生まれました。1955年(昭和30年)7月1日に米野岳村・千田村・山内村が合わさって、鹿央町が生まれました。この時期だけで6回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1963年ごろに鹿北村が町になり、鹿北町となりました(町制施行)。1963年ごろに菊鹿村が町になり、菊鹿町となりました(町制施行)。1968年ごろに鹿央村が町になり、鹿央町となりました(町制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)1月15日に鹿北町・菊鹿町・鹿央町・鹿本町が合わさって、山鹿市が生まれました。
今の名前「山鹿市」は、1920年にあった山鹿町の名前を受け継いでいます。ほかの19の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は菊池郡・鹿本郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、鹿本郡は2010年(平成22年)3月23日に廃止されました。
年表
- 1954年4月1日昭和29年三岳村・平小城村・三玉村・八幡村・川辺村・大道村・米田村が合わさって、山鹿市が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日・wiki
- 1954年4月1日昭和29年岩野村・岳間村・広見村が合わさって、鹿北町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日・wiki
- 1954年4月1日昭和29年山鹿町が市になり、山鹿市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1955年4月1日昭和30年内田村・六郷村・城北村が合わさって、菊鹿町が生まれた出典:wiki
- 1955年4月1日昭和30年稲田村・来民町・中富村が合わさって、鹿本町が生まれた出典:wiki
- 1955年7月1日昭和30年米野岳村・千田村・山内村が合わさって、鹿央町が生まれた出典:wiki
- 1963年ごろ1960〜1965年のあいだ鹿北村が町になり、鹿北町となった(町制施行)
- 1963年ごろ1960〜1965年のあいだ菊鹿村が町になり、菊鹿町となった(町制施行)
- 1968年ごろ1965〜1970年のあいだ鹿央村が町になり、鹿央町となった(町制施行)
- 2005年1月15日平成17年鹿北町・菊鹿町・鹿央町・鹿本町が合わさって、山鹿市が生まれたe-Stat「山鹿市(43208)、鹿北町(43381)、菊鹿町(43382)、鹿本町(43383)、鹿央町(43384)が合併し、山鹿市を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。