今の菊池市
今の菊池市の区域の人口は、2020年の国勢調査で46,416人です。今の区域で数えた1980年の49,527人とくらべると6.3%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.2%です。
菊池市のなりたち
菊池市(きくちし)は、熊本県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、16の町村がありました。清泉村・砦村・加茂川村・田島村・旭野村・北合志村・護川村・龍門村・水源村・迫間村・隈府村・河原村・戸崎村・花房村・泗水村・菊池村です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の菊池市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1935年ごろに隈府村が町になり、隈府町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)11月1日に清泉村の一部が、泗水村に入りました。1954年(昭和29年)11月1日に砦村・加茂川村・清泉村が合わさって、七城町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に田島村が合わさって、泗水村が生まれました。1956年(昭和31年)5月1日に旭野村・北合志村が合わさって、旭志村が生まれました。1956年(昭和31年)8月1日に護川村の一部が、旭志村に入りました。1956年(昭和31年)9月1日に龍門村・水源村・迫間村・隈府町・河原村・戸崎村・花房村が合わさって、菊池村が生まれました。1958年(昭和33年)8月1日に菊池村が市になり、菊池市となりました(市制施行)。1961年(昭和36年)4月1日に泗水村が町になり、泗水町となりました(町制施行)。この時期だけで8回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1968年ごろに七城村が町になり、七城町となりました(町制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)3月22日に泗水町・七城町・旭志村が合わさって、菊池市が生まれました。
今の名前「菊池市」は、1920年にあった菊池村の名前を受け継いでいます。ほかの15の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は菊池郡に属していました。
年表
- 1935年ごろ1920〜1950年のあいだ隈府村が町になり、隈府町となった(町制施行)
- 1954年11月1日昭和29年清泉村の一部が、泗水村に入った出典:wiki
- 1954年11月1日昭和29年砦村・加茂川村・清泉村が合わさって、七城町が生まれた出典:wiki
- 1955年4月1日昭和30年田島村が合わさって、泗水村が生まれた出典:wiki
- 1956年5月1日昭和31年旭野村・北合志村が合わさって、旭志村が生まれた出典:wiki
- 1956年8月1日昭和31年護川村の一部が、旭志村に入った出典:wiki
- 1956年9月1日昭和31年龍門村・水源村・迫間村・隈府町・河原村・戸崎村・花房村が合わさって、菊池村が生まれた出典:wiki
- 1958年8月1日昭和33年菊池村が市になり、菊池市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1961年4月1日昭和36年泗水村が町になり、泗水町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1968年ごろ1965〜1970年のあいだ七城村が町になり、七城町となった(町制施行)
- 2005年3月22日平成17年泗水町・七城町・旭志村が合わさって、菊池市が生まれたe-Stat「菊池市(43210)、七城町(43401)、旭志村(43402)、泗水町(43406)が合併し、菊池市を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。