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菊陽町きくようまち

1920年には3の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の菊陽町になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の菊陽町

今の菊陽町の区域の人口は、2020年の国勢調査で43,337人です。今の区域で数えた1980年の20,152人とくらべると115.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は21.2%です。

43,337人人口(2020年)
+115.1%1980年からの増減
37.46km²面積(国土地理院)
1,157人/km²人口密度
21.2%65歳以上の割合
43,3371980199020052020
15歳未満 17.4%15〜64歳 61.4%65歳以上 21.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

菊陽町のなりたち

菊陽町(きくようまち)は、熊本県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。原水村・津田村・白水村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の菊陽町になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)4月1日に原水村・津田村・白水村が合わさって、菊陽町が生まれました。

その後、1968年ごろに菊陽村が町になり、菊陽町となりました(町制施行)。

今の名前「菊陽町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の白水村が約13km²だったのに対し、今の菊陽町は約36km²と、およそ2.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は上益城郡・菊池郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧原水村の区域には原水駅(豊肥本線)があります。

31920年の町村の数
1回合併・編入の回数
37km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

年表

  1. 1955年4月1日昭和30年原水村・津田村・白水村が合わさって、菊陽町が生まれた出典:wiki
  2. 1968年ごろ1965〜1970年のあいだ菊陽村が町になり、菊陽町となった(町制施行)

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

菊陽村→菊陽町1955〜今
原水村1889〜1955同じ名前の駅:原水駅
津田村1889〜1955
白水村1889〜1955