今の天草市
今の天草市の区域の人口は、2020年の国勢調査で75,783人です。今の区域で数えた1980年の121,574人とくらべると37.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.2%です。
天草市のなりたち
天草市(あまくさし)は、熊本県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、47の町村がありました。久留村・本戸村・下津深江村・小田床村・亀浦村・早浦村・佐伊津村・本村・志柿村・亀場村・枦宇土村・下浦村・楠浦村・深海村・魚貫村・久玉村・一町田村・新合村・富津村・宮地村・大多尾村・碇石村・中田村・二江村・鬼池村・御領村・手野村・城河原村・浦村・宮田村・棚底村・宮野河内村・大浦村・須子村・赤崎村・楠甫村・上津浦村・下津浦村・島子村・福連木村・高浜村・大江村・宮地岳村・栖本村・本渡町・御所浦村・牛深町です。これらの町村が、15回の合併や編入を経て、今の天草市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1921年(大正10年)5月1日に久留村が、一町田村に入りました(編入)。1935年(昭和10年)4月1日に本戸村が、本渡町に入りました(編入)。1935年ごろに枦宇土村が、名前を櫨宇土村に変えました。1936年(昭和11年)10月1日に下津深江村・小田床村が合わさって、下田村が生まれました。1941年(昭和16年)2月11日に二江村が町になり、二江町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1948年(昭和23年)4月1日に亀浦村・早浦村が合わさって、二浦村が生まれました。1954年(昭和29年)4月1日に佐伊津村・本村・志柿村・亀場村・櫨宇土村・下浦村・楠浦村が合わさって、本渡市が生まれました。1954年(昭和29年)4月1日に本渡町が市になり、本渡市となりました(市制施行)。1954年(昭和29年)7月1日に深海村・魚貫村・久玉村・二浦村が合わさって、牛深市が生まれました。1954年(昭和29年)7月1日に牛深町が市になり、牛深市となりました(市制施行)。1954年(昭和29年)11月1日に一町田村・新合村・富津村が合わさって、河浦町が生まれました。1954年(昭和29年)11月1日に宮地村・大多尾村・碇石村・中田村が合わさって、新和町が生まれました。1955年(昭和30年)5月1日に二江町・鬼池村・御領村・手野村・城河原村が合わさって、五和町が生まれました。1955年(昭和30年)7月1日に浦村・宮田村・棚底村が合わさって、倉岳町が生まれました。1956年(昭和31年)4月1日に宮野河内村が、河浦町に入りました(編入)。1956年(昭和31年)6月1日に大浦村・須子村・赤崎村・楠甫村・上津浦村・下津浦村・島子村が合わさって、有明町が生まれました。1956年(昭和31年)9月21日に福連木村・高浜村・大江村・下田村が合わさって、天草町が生まれました。1957年(昭和32年)3月31日に宮地岳村が、本渡市に入りました(編入)。1958年ごろに倉岳村が町になり、倉岳町となりました(町制施行)。この時期だけで14回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1962年(昭和37年)9月1日に栖本村が町になり、栖本町となりました(町制施行)。1963年ごろに新和村が町になり、新和町となりました(町制施行)。1963年(昭和38年)11月1日に御所浦村が町になり、御所浦町となりました(町制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2006年(平成18年)3月27日に栖本町・本渡市・御所浦町・牛深市・河浦町・新和町・五和町・倉岳町・有明町が合わさって、天草市が生まれました。2006年(平成18年)3月27日に天草町が市になり、天草市となりました(市制施行)。
今の名前「天草市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの47の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の一町田村が約44km²だったのに対し、今の天草市は約655km²と、およそ14.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は天草郡に属していました。
年表
- 1921年5月1日大正10年久留村が、一町田村に入った(編入)出典:wiki
- 1935年4月1日昭和10年本戸村が、本渡町に入った(編入)出典:wiki
- 1935年ごろ1920〜1950年のあいだ枦宇土村が、名前を櫨宇土村に変えた
- 1936年10月1日昭和11年下津深江村・小田床村が合わさって、下田村が生まれた出典:wiki
- 1941年2月11日昭和16年二江村が町になり、二江町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1948年4月1日昭和23年亀浦村・早浦村が合わさって、二浦村が生まれた出典:wiki
- 1954年4月1日昭和29年佐伊津村・本村・志柿村・亀場村・櫨宇土村・下浦村・楠浦村が合わさって、本渡市が生まれた出典:wiki
- 1954年4月1日昭和29年本渡町が市になり、本渡市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1954年7月1日昭和29年深海村・魚貫村・久玉村・二浦村が合わさって、牛深市が生まれた出典:wiki
- 1954年7月1日昭和29年牛深町が市になり、牛深市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1954年11月1日昭和29年一町田村・新合村・富津村が合わさって、河浦町が生まれた出典:wiki
- 1954年11月1日昭和29年宮地村・大多尾村・碇石村・中田村が合わさって、新和町が生まれた出典:wiki
- 1955年5月1日昭和30年二江町・鬼池村・御領村・手野村・城河原村が合わさって、五和町が生まれた出典:wiki
- 1955年7月1日昭和30年浦村・宮田村・棚底村が合わさって、倉岳町が生まれた出典:wiki
- 1956年4月1日昭和31年宮野河内村が、河浦町に入った(編入)出典:wiki
- 1956年6月1日昭和31年大浦村・須子村・赤崎村・楠甫村・上津浦村・下津浦村・島子村が合わさって、有明町が生まれた出典:wiki
- 1956年9月21日昭和31年福連木村・高浜村・大江村・下田村が合わさって、天草町が生まれた出典:wiki
- 1957年3月31日昭和32年宮地岳村が、本渡市に入った(編入)出典:wiki
- 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ倉岳村が町になり、倉岳町となった(町制施行)
- 1962年9月1日昭和37年栖本村が町になり、栖本町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1963年ごろ1960〜1965年のあいだ新和村が町になり、新和町となった(町制施行)
- 1963年11月1日昭和38年御所浦村が町になり、御所浦町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 2006年3月27日平成18年栖本町・本渡市・御所浦町・牛深市・河浦町・新和町・五和町・倉岳町・有明町が合わさって、天草市が生まれたe-Stat「本渡市(43207)、牛深市(43209)、有明町(43523)、御所浦町(43526)、倉岳町(43527)、栖本町(43528)、新和町(43529)、五和町(43530)、天草町(43532)、河浦町(43533)が合併し、天草市(4」
- 2006年3月27日平成18年天草町が市になり、天草市となった(市制施行)e-Stat「本渡市(43207)、牛深市(43209)、有明町(43523)、御所浦町(43526)、倉岳町(43527)、栖本町(43528)、新和町(43529)、五和町(43530)、天草町(43532)、河浦町(43533)が合併し、天草市(4」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。