今の上天草市
今の上天草市の区域の人口は、2020年の国勢調査で24,563人です。今の区域で数えた1980年の40,682人とくらべると39.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.1%です。
上天草市のなりたち
上天草市(かみあまくさし)は、熊本県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。登立村・上村・湯島村・維和村・中村・大道村・高戸村・樋島村・今津村・阿村・教良木河内村・姫戸村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の上天草市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1924年(大正13年)4月1日に登立村が町になり、登立町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)4月1日に登立町・上村・湯島村・維和村・中村が合わさって、大矢野町が生まれました。1954年(昭和29年)7月1日に大道村・高戸村・樋島村が合わさって、龍ケ岳町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に今津村・阿村・教良木河内村が合わさって、松島町が生まれました。1958年ごろに松島村が町になり、松島町となりました(町制施行)。1958年ごろに龍ヶ岳村が町になり、龍ケ岳町となりました(町制施行)。この時期だけで5回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1962年(昭和37年)4月1日に姫戸村が町になり、姫戸町となりました(町制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2004年(平成16年)3月31日に姫戸町・松島町・大矢野町・龍ケ岳町が合わさって、上天草市が生まれました。
今の名前「上天草市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの12の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の教良木河内村が約24km²だったのに対し、今の上天草市は約121km²と、およそ5.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は天草郡に属していました。
年表
- 1924年4月1日大正13年登立村が町になり、登立町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1954年4月1日昭和29年登立町・上村・湯島村・維和村・中村が合わさって、大矢野町が生まれた出典:wiki
- 1954年7月1日昭和29年大道村・高戸村・樋島村が合わさって、龍ケ岳町が生まれた出典:wiki
- 1955年4月1日昭和30年今津村・阿村・教良木河内村が合わさって、松島町が生まれた出典:wiki
- 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ松島村が町になり、松島町となった(町制施行)
- 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ龍ヶ岳村が町になり、龍ケ岳町となった(町制施行)
- 1962年4月1日昭和37年姫戸村が町になり、姫戸町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 2004年3月31日平成16年姫戸町・松島町・大矢野町・龍ケ岳町が合わさって、上天草市が生まれたe-Stat「大矢野町(43521)、松島町(43522)、姫戸町(43524)、龍ヶ岳町(43525)が合併し、上天草市(43212)を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。