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氷川町ひかわちょう

1920年には4の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の氷川町になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の氷川町

今の氷川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で11,094人です。今の区域で数えた1980年の14,624人とくらべると24.1%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.7%です。

11,094人人口(2020年)
−24.1%1980年からの増減
33.31km²面積(国土地理院)
333人/km²人口密度
39.7%65歳以上の割合
14,7981980199020052020
15歳未満 11.1%15〜64歳 49.2%65歳以上 39.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

氷川町のなりたち

氷川町(ひかわちょう)は、熊本県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。和鹿島村・吉野村・野津村・宮原町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の氷川町になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)4月1日に和鹿島村・吉野村・野津村が合わさって、竜北村が生まれました。

その後、1974年(昭和49年)4月1日に竜北村が町になり、竜北町となりました(町制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)10月1日に宮原町・竜北町が合わさって、氷川町が生まれました。

今の名前「氷川町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の和鹿島村が約13km²だったのに対し、今の氷川町は約32km²と、およそ2.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は八代郡に属していました。

41920年の町村の数
2回合併・編入の回数
33km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1954年4月1日昭和29年和鹿島村・吉野村・野津村が合わさって、竜北村が生まれた出典:wiki
  2. 1974年4月1日昭和49年竜北村が町になり、竜北町となった(町制施行)e-Stat「竜北村(43464)が竜北町(43464)に町制施行」
  3. 2005年10月1日平成17年宮原町・竜北町が合わさって、氷川町が生まれたe-Stat「竜北町(43464)、宮原町(43465)が合併し、氷川町(43468)を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

氷川町2005〜今
宮原町1889〜2005
竜北村→竜北町1954〜2005
和鹿島村1889〜1954
吉野村1889〜1954
野津村1889〜1954