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球磨村くまむら

1920年には3の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の球磨村になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の球磨村

今の球磨村の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,433人です。今の区域で数えた1980年の6,984人とくらべると65.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.8%です。

2,433人人口(2020年)
−65.2%1980年からの増減
207.58km²面積(国土地理院)
12人/km²人口密度
44.8%65歳以上の割合
6,9841980199020052020
15歳未満 10.1%15〜64歳 45.1%65歳以上 44.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

球磨村のなりたち

球磨村(くまむら)は、熊本県の村です。今の村の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。神瀬村・渡村・一勝地村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の球磨村になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)4月1日に神瀬村・渡村・一勝地村が合わさって、球磨村が生まれました。

今の名前「球磨村」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の一勝地村が約88km²だったのに対し、今の球磨村は約198km²と、およそ2.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は球磨郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧一勝地村の区域には一勝地駅(肥薩線)があります。

31920年の町村の数
1回合併・編入の回数
208km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

年表

  1. 1954年4月1日昭和29年神瀬村・渡村・一勝地村が合わさって、球磨村が生まれた出典:wiki

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

球磨村1954〜今
神瀬村1889〜1954
渡村1889〜1954同じ名前の駅:渡駅
一勝地村1889〜1954同じ名前の駅:一勝地駅