熊本県 › 玉東町

玉東町ぎょくとうまち

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の玉東町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の玉東町

今の玉東町の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,045人です。今の区域で数えた1980年の6,315人とくらべると20.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.3%です。

5,045人人口(2020年)
−20.1%1980年からの増減
24.33km²面積(国土地理院)
207人/km²人口密度
36.3%65歳以上の割合
6,3151980199020052020
15歳未満 14.0%15〜64歳 49.7%65歳以上 36.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

玉東町のなりたち

玉東町(ぎょくとうまち)は、熊本県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。木葉村・山北村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の玉東町になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)3月1日に木葉村・山北村が合わさって、玉東町が生まれました。

その後、1968年ごろに玉東村が町になり、玉東町となりました(町制施行)。

今の名前「玉東町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

1920年の時点で、この区域の町村は玉名郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧木葉村の区域には木葉駅(鹿児島本線)があります。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
24km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

年表

  1. 1955年3月1日昭和30年木葉村・山北村が合わさって、玉東町が生まれた出典:wiki
  2. 1968年ごろ1965〜1970年のあいだ玉東村が町になり、玉東町となった(町制施行)

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

玉東村→玉東町1955〜今
木葉村1889〜1955同じ名前の駅:木葉駅
山北村1889〜1955