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長洲町ながすまち

1920年には4の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の長洲町になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の長洲町

今の長洲町の区域の人口は、2020年の国勢調査で15,372人です。今の区域で数えた1980年の16,715人とくらべると8.0%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.8%です。

15,372人人口(2020年)
−8.0%1980年からの増減
19.44km²面積(国土地理院)
791人/km²人口密度
35.8%65歳以上の割合
18,1261980199020052020
15歳未満 12.0%15〜64歳 52.2%65歳以上 35.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

長洲町のなりたち

長洲町(ながすまち)は、熊本県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。清里村・六栄村・腹赤村・長洲町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の長洲町になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)7月20日に清里村の一部が、長洲町に入りました。1956年(昭和31年)9月30日に六栄村・腹赤村が合わさって、長洲町が生まれました。

今の名前「長洲町」は、1920年にあった長洲町の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の長洲町が約4km²だったのに対し、今の長洲町は約19km²と、およそ4.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は玉名郡に属していました。

41920年の町村の数
2回合併・編入の回数
19km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

年表

  1. 1955年7月20日昭和30年清里村の一部が、長洲町に入った出典:wiki
  2. 1956年9月30日昭和31年六栄村・腹赤村が合わさって、長洲町が生まれた出典:wiki

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

長洲町1889〜今
六栄村1889〜1956
腹赤村1889〜1956
清里村1889〜1955