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苓北町れいほくまち

1920年には4の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の苓北町になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の苓北町

今の苓北町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,114人です。今の区域で数えた1980年の10,897人とくらべると34.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.2%です。

7,114人人口(2020年)
−34.7%1980年からの増減
67.58km²面積(国土地理院)
105人/km²人口密度
43.2%65歳以上の割合
10,8971980199020052020
15歳未満 10.3%15〜64歳 46.4%65歳以上 43.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

苓北町のなりたち

苓北町(れいほくまち)は、熊本県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。坂瀬川村・富岡町・志岐村・都呂々村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の苓北町になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)1月1日に坂瀬川村・富岡町・志岐村が合わさって、苓北町が生まれました。1956年(昭和31年)9月30日に都呂々村が、苓北町に入りました(編入)。

今の名前「苓北町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の志岐村が約24km²だったのに対し、今の苓北町は約65km²と、およそ2.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は天草郡に属していました。

41920年の町村の数
2回合併・編入の回数
68km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

年表

  1. 1955年1月1日昭和30年坂瀬川村・富岡町・志岐村が合わさって、苓北町が生まれた出典:wiki
  2. 1956年9月30日昭和31年都呂々村が、苓北町に入った(編入)出典:wiki

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

苓北町1955〜今
都呂々村1889〜1956
坂瀬川村1889〜1955
富岡町1889〜1955
志岐村1889〜1955