今の平塚市
相模湾に面し、相模川と金目川の下流域に広がる市です。海岸から内陸へ平野が続き、その周囲には台地や丘陵があります。東海道の宿場と鉄道駅を中心に発展し、相模川西岸などに工場が集まりました。水田や野菜畑、バラの栽培地もあり、海では漁業が営まれています。湘南平からは海岸と山々を望め、七夕まつりが市街地の歴史を伝えています。
今の平塚市の区域の人口は、2020年の国勢調査で258,422人です。今の区域で数えた1980年の214,293人とくらべると20.6%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.7%です。
主な産業:化学・金属・輸送用機械などの製造業と、農業・漁業・商業が営まれています。
特産品・名産
- バラ市内で栽培される切り花
- 栗まさり地域の名産であるサツマイモ
- 湘南梨市内の果樹園で栽培される梨
見どころ・祭り
- 湘南平海岸線と周囲の山々を望む丘陵
- 金目川と観音堂市の八景に選ばれた川辺の景観
- 平塚市総合公園スポーツ施設などを備えた公園
木クスノキ花ナデシコ鳥コサギ平塚市の木・花・鳥
平塚市のなりたち
平塚市(ひらつかし)は、神奈川県湘南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。須馬村・旭村・大根村・豊田村・神田村・岡崎村・城島村・大野村・金田村・土沢村・金目村・平塚町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の平塚市になりました。
今の名前「平塚市」は、1920年にあった平塚町の名前を受け継いでいます。ほかの11の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の平塚町が約6km²だったのに対し、今の平塚市は約67km²と、およそ11.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は中郡に属していました。
「平塚市」という名前
平塚の名には、埋葬された人の塚が長い年月のうちに平らになったことにちなむという伝承があります。『新編相模国風土記稿』には、高見王の子である政子が東国へ向かう途中に亡くなり、この地に葬られたと記されています。これは地誌が伝える伝承で、由来の確定には至っていません。東海道の平塚宿から近代の町名を経て、1932年に市名となりました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、東海道の宿場を中心に平塚町が発足しました。海辺には須馬村があり、内陸には大野村・豊田村・小中村・山背村などがありました。宿場と海岸、相模川や金目川の流域の村々は、当初は別々の自治体でした。1887年の鉄道開通と平塚駅の開設により、駅を中心とする町の発展が進みました。
1909年には小中村と山背村が合併して旭村となりました。須馬村は1927年に町となり、1929年に平塚町と合併しました。1932年4月1日には平塚町が市制を施行し、平塚市となりました。工業が発達しましたが、第二次世界大戦で市街地は大きな被害を受けました。
戦後の昭和の大合併では、1954年に旭村、1956年4月に豊田村を編入しました。同年9月には大野町・神田村・城島村・金田村・土沢村と、岡崎村の一部が加わりました。岡崎村は分割され、残る区域は伊勢原町に入りました。1957年には金目村を編入し、現在につながる市域がまとまりました。
相模湾に面した港と海岸、工場のある市街地、水田や丘陵の地域が一つの市になりました。旭や豊田、金目、岡崎などの地域名にも、合併前の村々の歩みが伝わっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年大住郡に平塚町・須馬村・大野村・豊田村・小中村・神田村・城島村・金田村・土沢村・岡崎村・金目村、淘綾郡に山背村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1896年4月1日明治29年大住郡と淘綾郡が統合され、平塚町・須馬村・大野村・豊田村・小中村・山背村・神田村・城島村・金田村・土沢村・岡崎村・金目村は中郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1909年4月1日明治42年小中村と山背村が合併し、旭村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1927年1月1日昭和2年須馬村が町制を施行し、須馬町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1929年4月1日昭和4年平塚町と須馬町が合併し、新しい平塚町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.lib.city.hiratsuka.kanagawa.jp
- 1932年4月1日昭和7年平塚町が市制を施行し、平塚市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1944年2月11日昭和19年大野村が町制を施行し、大野町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1954年7月15日昭和29年旭村が平塚市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1956年4月1日昭和31年豊田村が平塚市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1956年9月30日昭和31年大野町・神田村・城島村・金田村・土沢村と岡崎村の一部が平塚市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1957年10月1日昭和32年金目村が平塚市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。