今の茅ヶ崎市
相模湾に面した海岸から、高座丘陵の南端まで広がる市です。南部には砂丘を基盤とする住宅地があり、北部には谷戸と呼ばれる小さな谷が残っています。相模川が運んだ土砂による低地には、水田の歴史が伝わります。海辺には砂防林や砂浜が続き、沖には烏帽子岩として親しまれる岩礁があります。海岸、丘陵、低地、砂丘が近接し、それぞれに異なる自然環境をもつ町です。
今の茅ヶ崎市の区域の人口は、2020年の国勢調査で242,389人です。今の区域で数えた1980年の171,016人とくらべると41.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は27.0%です。
主な産業:海辺の観光、漁業や農業、住宅地を支える商業が営まれています。
特産品・名産
- 釜揚げしらす茅ヶ崎で水揚げされる水産物
- えぼしの雫市内で作られる魚醤
- 茅ヶ崎風呂敷地域の風景を描いた土産品
見どころ・祭り
- 烏帽子岩姥島とも呼ばれる沖合の岩礁
- 清水谷湧き水に恵まれた北部丘陵の谷戸
- 開高健記念館作家の旧居を活用した記念館
木アカシア花ツツジ鳥シジュウカラ茅ヶ崎市の木・花・鳥
茅ヶ崎市のなりたち
茅ヶ崎市(ちがさきし)は、神奈川県湘南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。小出村・茅ヶ崎町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の茅ヶ崎市になりました。
今の名前「茅ヶ崎市」は、1920年にあった茅ヶ崎町の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は高座郡に属していました。
「茅ヶ崎市」という名前
茅ヶ崎の名は、室町時代の熊野神社の御師の文書に「ちかさき」と記されている古い地名です。戦国時代の『小田原衆所領役帳』には、現在と同じ茅ヶ崎の表記が見られます。古い地名の詳しい語源ははっきりしていません。江戸時代の茅ヶ崎村から1908年の茅ヶ崎町へ、さらに1947年の市名へ引き継がれました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、現在の市域には高座郡茅ヶ崎村・松林村・鶴嶺村・小出村の四つの村が置かれました。これらは、それ以前の村々をまとめ直した自治体で、海岸の地域から北の丘陵までが四つの村に分かれていました。
1908年10月1日、茅ヶ崎村・松林村・鶴嶺村の三村が合併して、茅ヶ崎町となりました。県や郡の指導のもとで進められた合併です。町名は旧茅ヶ崎村の名前を受け継いでいます。北部の小出村は、この時には独立した村として残りました。
戦前にも市制への動きがありましたが、実現は戦後になりました。1947年10月1日、茅ヶ崎町が市制を施行し、茅ヶ崎市が発足しました。昭和の大合併期の1955年4月5日には、小出村の堤・下寺尾・行谷・芹沢を編入しました。小出村は分割され、遠藤の区域は藤沢市に入りました。小出村は、区域ごとに茅ヶ崎市と藤沢市へ分かれました。
海岸と砂丘の市街地に、北部の谷戸や丘陵の地域が加わった成り立ちです。松林や鶴嶺、小出などの呼び名にも、別々の村が歩んできた歴史が残っています。
年表
- 1889年4月1日明治22年高座郡に茅ヶ崎村・松林村・鶴嶺村・小出村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1908年10月1日明治41年茅ヶ崎村・松林村・鶴嶺村が合併し、茅ヶ崎町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1947年10月1日昭和22年茅ヶ崎町が市制を施行し、茅ヶ崎市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1955年4月5日昭和30年小出村の堤・下寺尾・行谷・芹沢が茅ヶ崎市に編入され、遠藤は藤沢市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。