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藤沢市ふじさわし

1920年には6の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の藤沢市になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の藤沢市

神奈川県の中央南部、相模湾に面した市です。地形はおおむね平坦で、南端には江の島があります。海辺の片瀬や鵠沼から、北部の六会や御所見まで、旧町村を引き継いだ地域が広がります。藤沢の町はかつて郡をまたいで二つに分かれていましたが、近代に一つになりました。海岸の町と内陸の村々がまとまり、湘南の海辺から内陸まで多様な地域を含む市となっています。

今の藤沢市の区域の人口は、2020年の国勢調査で436,905人です。今の区域で数えた1980年の300,248人とくらべると45.5%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.9%です。

436,905人人口(2020年)
+45.5%1980年からの増減
69.56km²面積(国土地理院)
6,281人/km²人口密度
24.9%65歳以上の割合
436,9051980199020052020
15歳未満 13.3%15〜64歳 61.9%65歳以上 24.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:江の島周辺の観光と、農業・漁業、商業が営まれています。

特産品・名産

  • 湘南しらす沿岸で漁獲される魚
  • やまゆりポーク市内で育てられる銘柄豚
  • トマト六会・御所見地区を中心に栽培

見どころ・祭り

  • 江の島市の南端に位置する相模湾の島
  • 新江ノ島水族館江の島近くの海辺にある水族館
  • 遊行寺藤沢の宿場とゆかりの深い寺

木クロマツ花フジ鳥カワセミ藤沢市の木・花・鳥

藤沢市のなりたち

藤沢市(ふじさわし)は、神奈川県湘南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。川口村・村岡村・六会村・御所見村・小出村・藤沢町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の藤沢市になりました。

今の名前「藤沢市」は、1920年にあった藤沢町の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の藤沢町が約26km²だったのに対し、今の藤沢市は約69km²と、およそ2.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は鎌倉郡・高座郡に属していました。

61920年の町村の数
6回合併・編入の回数
70km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「藤沢市」という名前

藤沢の地名には、藤の多い水辺にちなむ説、鎌倉時代の藤沢次郎清親の居住地にちなむ説、淵や沢の多い土地を表すという説があります。水の多い土地を表す「淵沢」から「藤沢」へ呼び名が変わったとする説も伝わっています。由来には諸説あり、一つには定まっていません。藤沢大富町と藤沢大坂町に使われていた地域名が、藤沢町、藤沢市へ引き継がれました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、現在の藤沢市につながる地域には複数の町村が発足しました。境川をはさんだ藤沢の町は、鎌倉郡の藤沢大富町と高座郡の藤沢大坂町に分かれていました。海岸には鵠沼村や川口村、内陸には明治村・六会村・御所見村などがありました。

1907年10月1日、藤沢大富町が藤沢大坂町に編入されました。翌1908年4月1日には藤沢大坂町・鵠沼村・明治村が合併し、藤沢町となりました。今の市名につながる一つの町が、この時に生まれました。川口村は1933年4月1日に町制を施行し、片瀬町へ改称しました。

1940年10月1日、藤沢町は市制を施行して藤沢市となりました。その後、1941年6月に村岡村、1942年3月に六会村、1947年4月に片瀬町を編入しました。市となった後も、周囲の町村を加えることで区域を広げたのです。

昭和の大合併期の1955年4月5日には、御所見村と、渋谷町の長後・高倉、小出村の遠藤を編入しました。渋谷町と小出村は一部だけが藤沢市に入り、残る地域はそれぞれ別の自治体へつながりました。海辺の片瀬や鵠沼から内陸の御所見まで、異なる旧町村の地域がまとまったことが、現在の市の広がりに表れています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年鎌倉郡に藤沢大富町・村岡村・川口村、高座郡に藤沢大坂町・鵠沼村・明治村・六会村・御所見村・小出村・渋谷村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
  2. 1907年10月1日明治40年藤沢大富町が藤沢大坂町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
  3. 1908年4月1日明治41年藤沢大坂町・鵠沼村・明治村が合併し、藤沢町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
  4. 1933年4月1日昭和8年川口村が町制を施行するとともに改称し、片瀬町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
  5. 1940年10月1日昭和15年藤沢町が市制を施行し、藤沢市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
  6. 1941年6月1日昭和16年村岡村が藤沢市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
  7. 1942年3月10日昭和17年六会村が藤沢市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
  8. 1944年11月3日昭和19年渋谷村が町制を施行し、渋谷町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
  9. 1947年4月1日昭和22年片瀬町が藤沢市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
  10. 1955年4月5日昭和30年御所見村、渋谷町の長後・高倉、小出村の遠藤が藤沢市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

藤沢町→藤沢市1908〜今
御所見村1889〜1955
小出村1889〜1955
片瀬町1933〜1947
川口村1889〜1933
六会村1889〜1942
村岡村1889〜1941

参考にした資料