今の大和市
神奈川県のほぼ中央にある、南北に細長い市です。丘陵の起伏が少なく、市の中央部を東西に相模鉄道、南北に小田急江ノ島線が通ります。北部には東急田園都市線も乗り入れます。旧鶴見村を改称した大和と、分割後の渋谷村を合わせた市で、北と南にそれぞれの地域の歴史が残ります。住宅地と交通の拠点が広がり、図書館などの文化施設も日々の暮らしを支えています。
今の大和市の区域の人口は、2020年の国勢調査で239,169人です。今の区域で数えた1980年の167,935人とくらべると42.4%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.4%です。
主な産業:住宅地を支える商業やサービス業、食品製造などが営まれています。
特産品・名産
- 羊羹 和み大和市の特産品である羊羹
- 神奈川やまと最中大和市の推奨品である最中
- 大和コメコメドーナツ大和市の推奨品であるドーナツ
見どころ・祭り
- 文化創造拠点シリウス図書館などが集まる文化施設
- 泉の森水源地周辺に広がる緑地
- 引地台公園運動施設を備えた総合公園
木ヤマザクラ花ノギク鳥オナガ大和市の木・花・鳥
大和市のなりたち
大和市(やまとし)は、神奈川県県央地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。渋谷村・大和村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の大和市になりました。
今の名前「大和市」は、1920年にあった大和村の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は高座郡に属していました。
「大和市」という名前
大和の名は、1891年(明治24年)に鶴見村が改称した際に生まれました。村を分ける問題が起きたことから、それを収めるために「大いなる和」の願いを込めて、大和村と名付けられました。地域の融和を表す名が、その後も村や町の名前として使われました。1943年の町制、1959年の市制でも、大和の名前を引き継いでいます。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、下鶴間村・深見村・上草柳村・下草柳村が合併して鶴見村となりました。南側では上和田村・下和田村・福田村が、長後村・高倉村とともに渋谷村をつくりました。現在の大和市に続く区域は、北の鶴見村と南の渋谷村に分かれていました。
鶴見村では分村をめぐる問題が起き、1891年9月25日に大和村へ改称しました。村内の和を願った名前です。1926年には神中鉄道、1929年には小田原急行鉄道江ノ島線が開通し、農村の地域に都市化の動きが広がりました。
1943年11月3日に大和村が大和町、1944年11月3日に渋谷村が渋谷町となりました。昭和の大合併期には、1955年4月5日に渋谷町の長後・高倉が藤沢市へ編入されました。残った福田・上和田・下和田は渋谷村となりました。
1956年9月1日、残った渋谷村が大和町に編入されました。その後、1959年2月1日に市制を施行して大和市となりました。北の大和と南の旧渋谷の地域が一つになった成り立ちです。下鶴間や深見、福田、上和田、下和田などの地名にも、合併前の村々の歴史が伝わっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年下鶴間村・深見村・上草柳村・下草柳村が合併して高座郡鶴見村、上和田村・下和田村・福田村・長後村・高倉村が合併して渋谷村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1891年9月25日明治24年鶴見村が大和村に改称した。種類:改称 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1943年11月3日昭和18年大和村が町制を施行し、大和町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1944年11月3日昭和19年渋谷村が町制を施行し、渋谷町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1955年4月5日昭和30年渋谷町の長後・高倉が藤沢市に編入され、残る福田・上和田・下和田で渋谷村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1956年9月1日昭和31年渋谷村が大和町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1959年2月1日昭和34年大和町が市制を施行し、大和市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。