今の川崎市
東京都と横浜市の間で、多摩川に沿って細長く延びる市です。南東の臨海部には京浜工業地帯の一角をなす工場群があり、北西には多摩丘陵や生田緑地などの緑が広がります。川崎宿や川崎大師に関わる歴史も受け継いでいます。市域は町村の編入によって海沿いから内陸へ広がりました。川崎・幸・中原・高津・宮前・多摩・麻生の7区に、工業、商業、住宅地などの異なる地域の姿があります。
今の川崎市の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,538,262人です。今の区域で数えた1980年の1,040,802人とくらべると47.8%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は20.2%です。
主な産業:臨海部を中心に、京浜工業地帯の一角を担う工業が発達しています。
特産品・名産
- 川崎大師の久寿餅川崎大師にちなむ名産品
- 大師巻川崎の名産として知られる食品
- 多摩川梨多摩川流域で育てられる市の名産
見どころ・祭り
- 川崎大師川崎区にある歴史的な地域資源
- 生田緑地北部の丘陵に広がる緑地
- 日本民家園各地の古民家を移築した野外博物館
木つばき花つつじ川崎市の木・花
川崎市のなりたち
川崎市(かわさきし)は、神奈川県川崎地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。大師河原村・田島村・御幸村・中原村・住吉村・高津村・稲田村・橘村・生田村・向丘村・宮前村・柿生村・岡上村・川崎町です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の川崎市になりました。
今の名前「川崎市」は、1920年にあった川崎町の名前を受け継いでいます。ほかの13の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は橘樹郡・都筑郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧稲田村の区域には稲田堤駅(南武線)があります。
「川崎市」という名前
川崎の名には、多摩川の河口近くを示す「川の先」に由来するという説があります。「川先」が後に「川崎」となったと伝えられています。1924年には川崎町、大師町、御幸村が合併し、旧川崎町の名前を受け継ぐ川崎市が生まれました。北西へ市域が広がった後も、多摩川との結びつきを持つ市の名前は続いています。
まちの成り立ち
川崎市が生まれたのは1924年です。川崎町、大師町、御幸村の3町村が合併し、ひとつの市になりました。大師町は、その前年に大師河原村が町制を施行してできた町です。今の市域には、町や村として歩んだ別々の地域が含まれています。
1925年には中原村と住吉村の一部が合併して中原町となり、住吉村の残りの区域は橘村に入りました。中原町が川崎市に加わるのは1933年です。市ができた直後にすべての地域が合併したのではなく、1927年の田島町編入に続き、多摩川沿いの町村を順次迎えていきました。
1937年には高津町、日吉村の一部、橘村を編入しました。日吉村は分割され、川崎に入らなかった区域は横浜市に入りました。翌年には稲田町、宮前村、向丘村、生田村が加わり、1939年には都筑郡の柿生村と岡上村を編入します。臨海部から内陸の丘陵地へ、市域が細長く延びていった流れです。
戦後も人口が増え、1972年には政令指定都市となりました。当初の5区から、1982年に宮前区と麻生区が分かれて7区となります。工業地帯を持つ南部、多摩川沿いの市街地、丘陵や緑の多い北部が、町村の合併と編入を重ねて現在の川崎市を形づくりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制により、橘樹郡に川崎町、大師河原村、御幸村、田島村、中原村、住吉村、高津村、橘村、宮前村、向丘村、生田村、稲田村、日吉村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1889年4月1日明治22年町村制により、都筑郡に柿生村と岡上村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1923年1月1日大正12年大師河原村が町制を施行し、大師町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1923年6月1日大正12年田島村が町制を施行し、田島町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1924年7月1日大正13年川崎町、大師町、御幸村が合併し、川崎市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.city.kawasaki.jp
- 1925年5月10日大正14年中原村と住吉村の一部が合併し、中原町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1925年5月10日大正14年住吉村のうち中原町に入らなかった区域が橘村に編入された。種類:分割 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1927年4月1日昭和2年田島町が川崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1928年4月17日昭和3年高津村が町制を施行し、高津町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1932年6月1日昭和7年稲田村が町制を施行し、稲田町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1933年8月1日昭和8年中原町が川崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1937年4月1日昭和12年高津町が川崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1937年4月1日昭和12年日吉村が分割され、一部が川崎市に、残部が横浜市に編入された。種類:分割 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1937年6月1日昭和12年橘村が川崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1938年10月1日昭和13年稲田町、宮前村、向丘村、生田村が川崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1939年4月1日昭和14年柿生村と岡上村が川崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1972年4月1日昭和47年川崎市が政令指定都市となり、川崎区、幸区、中原区、高津区、多摩区が設けられた。種類:その他 出典:www.city.kawasaki.jp
- 1982年7月1日昭和57年高津区の一部から宮前区、多摩区の一部から麻生区が設けられ、市内が7区となった。種類:その他 出典:www.city.kawasaki.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.pref.kanagawa.jp/documents/22831/haichibungo.pdf
- www.city.kawasaki.jp/170/cmsfiles/contents/0000054/54365/r5-03-tokusyu.pdf
- www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000023/23259/file1297.pdf
- www.city.kawasaki.jp/170/page/0000023490.html
- www.city.kawasaki.jp/170/page/0000023562.html
- www.pref.kanagawa.jp/documents/112584/06youran.pdf