今の横須賀市
神奈川県南東部で三浦半島の中心部を占める市です。東は東京湾、西は相模湾に面し、市域の大半は起伏のある丘陵からなります。平地が少なく、海辺と丘陵が近いことが特徴です。東京湾側には鉄道沿線の市街地や港があり、相模湾側には畑や漁港のある地域が広がります。横須賀港は多くの入り江を持ち、追浜から野比にかけて続きます。海沿いの暮らしと緑の多い丘陵が、ひとつの市に重なっています。
今の横須賀市の区域の人口は、2020年の国勢調査で388,078人です。今の区域で数えた1980年の421,107人とくらべると7.8%減り、人口は1990年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.2%です。
主な産業:造船などの工業、農業・漁業と港町の観光が営まれています。
特産品・名産
- よこすか海軍カレー横須賀の名産として知られるカレー
- スカジャン横須賀の名産として知られる衣料品
- ヨコスカネイビーバーガー米海軍のレシピに基づくご当地料理
見どころ・祭り
- 猿島東京湾に浮かぶ島
- 記念艦三笠横須賀で保存されている記念艦
- ヴェルニー公園港沿いにある公園
木オオシマザクラ花ハマユウ横須賀市の木・花
横須賀市のなりたち
横須賀市(よこすかし)は、神奈川県横須賀三浦地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。長井村・衣笠村・田浦町・西浦村・久里浜村・浦賀町・武山村・北下浦村・横須賀市です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の横須賀市になりました。
今の名前「横須賀市」は、1920年にあった横須賀市の名前を受け継いでいます。ほかの8の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の横須賀市が約18km²だったのに対し、今の横須賀市は約100km²と、およそ5.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は三浦郡に属していました。
「横須賀市」という名前
横須賀の名前には、砂州を意味する「須賀」と海に沿う長い海岸の形に結びつける説があります。海辺の地形にちなむとする説です。自治体の名は旧横須賀町から受け継がれました。1906年に豊島町と合併した際も横須賀町を名乗り、翌年の市制施行で横須賀市となりました。周囲の町村を迎えた後も、この名が続いています。
まちの成り立ち
1889年の町村制施行時、今の横須賀市域には横須賀町、浦賀町や豊島村、衣笠村などがありました。東京湾側の町と、内陸や相模湾側の村がそれぞれ自治体として歩んだ時代です。豊島村は1903年に町となり、1906年12月15日に旧横須賀町と合併して新しい横須賀町をつくりました。1907年2月15日には市制を施行し、横須賀市が生まれます。
その後、浦郷村は田浦町、中西浦村は西浦町、長井村は長井町となりました。1933年には衣笠村と田浦町を横須賀市が編入し、1937年には久里浜村も迎えました。西浦町は1935年に大楠町へ改称しています。町制によって村が町になること、町が名前を変えること、市に編入されることは別々の変化でした。
1943年には浦賀町、逗子町、長井町、大楠町、北下浦村、武山村の6町村を一度に編入しました。これにより東京湾側だけでなく、半島の西側にも市域が広がります。ただし逗子の区域は1950年7月1日に分かれ、再び逗子町となりました。戦時期の編入と戦後の分立の両方を経て、現在につながる市域が形づくられたのです。港の周囲と半島の丘陵、畑や漁港を持つ海辺を合わせた横須賀には、かつての町村が持っていた異なる地域の歴史が重なっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制により、三浦郡に横須賀町、豊島村、衣笠村、浦郷村、久里浜村、浦賀町、田越村、北下浦村、長井村、武山村、中西浦村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1903年10月1日明治36年豊島村が町制を施行し、豊島町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1906年12月15日明治39年旧横須賀町と豊島町が合併し、新しい横須賀町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.city.yokosuka.kanagawa.jp
- 1907年2月15日明治40年横須賀町が市制を施行し、横須賀市となった。種類:市制施行 出典:www.city.yokosuka.kanagawa.jp
- 1911年7月1日明治44年中西浦村が町制を施行し、西浦町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1913年4月1日大正2年田越村が町制を施行し、逗子町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1914年6月1日大正3年浦郷村が町制を施行し、田浦町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1926年2月11日大正15年長井村が町制を施行し、長井町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1933年2月15日昭和8年衣笠村が横須賀市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1933年4月1日昭和8年田浦町が横須賀市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1935年7月1日昭和10年西浦町が大楠町に改称した。種類:改称 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1937年4月1日昭和12年久里浜村が横須賀市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1943年4月1日昭和18年浦賀町、逗子町、長井町、大楠町、北下浦村、武山村が横須賀市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1950年7月1日昭和25年横須賀市から旧逗子町の区域が分かれ、逗子町が再び発足した。種類:分割 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 2001年4月1日平成13年横須賀市が中核市となった。種類:その他 出典:www.city.yokosuka.kanagawa.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.pref.kanagawa.jp/documents/22831/haichibungo.pdf
- www.city.yokosuka.kanagawa.jp/0510/hyoushou/siseisekou110.html
- nippon.zaidan.info/seikabutsu/2001/00125/contents/00018.htm
- www.pref.kanagawa.jp/docs/y2w/kanpai/yokosuka.html
- www.city.yokosuka.kanagawa.jp/5810/minato/guide_gaiyou/index.html
- www.city.yokosuka.kanagawa.jp/1210/tyukaku/index.html
- www.pref.kanagawa.jp/documents/112584/06youran.pdf