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秦野市はだのし

1920年には7の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の秦野市になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の秦野市

丹沢の山々と渋沢丘陵に囲まれた、秦野盆地を中心とする市です。盆地の中央には水無川、その東には葛葉川や金目川が流れ、西側には四十八瀬川があります。山から運ばれた砂や礫が堆積した地形の地下には、水を蓄える層が広がります。湧水群は名水百選に選ばれ、水道水などに利用されています。山地の自然と、盆地に広がる市街地が近い距離にあるまちです。

今の秦野市の区域の人口は、2020年の国勢調査で162,439人です。今の区域で数えた1980年の123,133人とくらべると31.9%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.4%です。

162,439人人口(2020年)
+31.9%1980年からの増減
103.76km²面積(国土地理院)
1,566人/km²人口密度
30.4%65歳以上の割合
170,1451980199020052020
15歳未満 11.2%15〜64歳 58.4%65歳以上 30.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:製造業と農業が営まれ、丹沢の山々や湧水を生かした観光もあります。

特産品・名産

  • 相州落花生秦野盆地で育てられる農産物
  • 秦野のそば地域の水で作られる名産品
  • 地酒丹沢水系の水で仕込む日本酒

見どころ・祭り

  • 秦野盆地湧水群丹沢山地に育まれた湧水群
  • 弘法山公園浅間山・権現山・弘法山の公園
  • 秦野戸川公園丹沢の山麓にある県立公園

木さざんか・こぶし花なでしこ・あじさい鳥うぐいす秦野市の木・花・鳥

秦野市のなりたち

秦野市(はだのし)は、神奈川県湘南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。東秦野村・北秦野村・南秦野村・大根村・上秦野村・西秦野村・秦野町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の秦野市になりました。

今の名前「秦野市」は、1920年にあった秦野町の名前を受け継いでいます。ほかの6の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の秦野町が約6km²だったのに対し、今の秦野市は約103km²と、およそ16.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は中郡・足柄上郡に属していました。

71920年の町村の数
3回合併・編入の回数
104km²今の面積
1963年いちばん新しい合併

「秦野市」という名前

「秦野」の由来にはいくつかの説があります。古代の秦氏の名にちなむ説がありますが、この地を秦氏が開拓したことを示す証拠は見つかっていません。平安時代の『倭名類聚抄』には「幡多」の名が現れ、鎌倉時代には地名を名乗った波多野氏が登場します。江戸時代には「はだの」と読まれ、1955年の合併でもこの名を市名に引き継ぎました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、秦野盆地とその周辺には秦野町・東秦野村・西秦野村・南秦野村・北秦野村・大根村・上秦野村が発足しました。盆地では江戸時代からたばこ栽培が行われ、明治には有数の産地となりました。葉たばこの取引や輸送も、地域の発展を支えてきました。

1940年(昭和15年)6月1日に南秦野村が町となりました。1951年(昭和26年)6月20日には足柄上郡相和村の栃窪が西秦野村に入りました。1955年(昭和30年)1月1日、秦野町・南秦野町・東秦野村・北秦野村の2町2村が合併し、新しく秦野市が発足しています。市は、旧秦野町を含む2町2村でつくられました。

同年4月15日には大根村の真田を除く区域が秦野市に入り、真田は金目村に編入されました。7月28日には西秦野村と上秦野村が合併し、西秦野町が発足しました。盆地の西側では、市と別の町がしばらく並び立っていたことになります。1963年(昭和38年)1月1日に西秦野町が秦野市に編入され、現在の市域の基礎がまとまりました。東・西・南・北・上秦野や大根という旧町村の名は、地域や学校などの名前に受け継がれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、大住郡に秦野町・東秦野村・西秦野村・南秦野村・北秦野村・大根村、足柄上郡に上秦野村・相和村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
  2. 1896年4月1日明治29年大住郡と淘綾郡の統合により、秦野町・東秦野村・西秦野村・南秦野村・北秦野村・大根村の所属郡が中郡となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1940年6月1日昭和15年中郡南秦野村が町制を施行し、南秦野町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
  4. 1951年6月20日昭和26年足柄上郡相和村の栃窪が中郡西秦野村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
  5. 1955年1月1日昭和30年中郡秦野町・南秦野町・東秦野村・北秦野村が合併し、秦野市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
  6. 1955年4月15日昭和30年中郡大根村が分割され、真田を除く区域が秦野市に、真田が金目村に編入された。種類:分割 出典:www.pref.kanagawa.jp
  7. 1955年7月28日昭和30年中郡西秦野村と足柄上郡上秦野村が合併し、中郡西秦野町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
  8. 1963年1月1日昭和38年中郡西秦野町が秦野市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

秦野町→秦野市1889〜今
西秦野村→西秦野町1889〜1963
上秦野村1889〜1955
大根村1889〜1955
東秦野村1889〜1955
北秦野村1889〜1955
南秦野村→南秦野町1889〜1955

参考にした資料