今の開成町
酒匂川の西側、足柄平野の扇状地にある町です。地形はおおむね平坦で、ゆるやかに南へ傾斜しています。水利のよい田園地帯で、周囲には山北町・松田町・大井町・南足柄市・小田原市があります。学校名を採って生まれた町で、酒田と吉田島の二つの村の歴史を受け継いでいます。田園の景観と住宅地が近く、町の花に定められたアジサイも、地域の風景を象徴する植物となっています。
今の開成町の区域の人口は、2020年の国勢調査で18,329人です。今の区域で数えた1980年の10,673人とくらべると71.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は26.1%です。
主な産業:米や弥一芋などの農業、酒造と花の観光が営まれています。
特産品・名産
- 開成弥一芋地域で栽培を復活させた里芋
- 開成ブランド米町の土産品にも使われる米
- あじさい花酵母の日本酒開成の花を生かした地酒
見どころ・祭り
- あしがり郷瀬戸屋敷江戸時代の名主の屋敷
- あじさいの里水田地帯に咲くあじさいの名所
- 開成水辺スポーツ公園酒匂川沿いの公園
木シイガシ花アジサイ開成町の木・花
開成町のなりたち
開成町(かいせいまち)は、神奈川県県西地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。酒田村・吉田島村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の開成町になりました。
今の名前「開成町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の酒田村が約4km²だったのに対し、今の開成町は約6km²と、およそ1.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は足柄上郡に属していました。
「開成町」という名前
開成町の名は、合併前の酒田村と吉田島村が共同で運営していた、開成小学校の名前から採ったものです。その前身となる開成学校は、1882年(明治15年)に延沢村で開かれました。「開成」は、中国の古い言葉「開物成務」に由来します。学問や知識を育て、世の中で果たすべき務めを成し遂げるという意味を、学校から町の名前へと引き継ぎました。
まちの成り立ち
開成町は、酒匂川がつくった足柄平野の扇状地にある町です。明治の町村制のもとでは、酒田村と吉田島村という二つの村がありました。水利のよい平坦な土地で、田園の暮らしを営んできた地域です。1882年(明治15年)には延沢村で開成学校が開かれ、1901年(明治34年)には酒田村・吉田島村の組合立開成小学校となりました。二つの村の子どもたちが通う学校の名前が、後に町名を決める手掛かりとなったのです。
昭和の大合併では、1955年(昭和30年)2月1日に酒田村と吉田島村が合併し、開成町が発足しました。もとの村名を組み合わせるのではなく、両村に共通する小学校の名を採りました。その名前には、学びを広げて社会に役立てる「開物成務」の意味が込められています。
合併後も田園の景色が残る一方、交通の利便性を背景に住宅地が広がりました。町は酒匂川沿いの平坦な土地にあり、山地の自治体とは異なる景観をもっています。吉田島や延沢などの地名は、合併前から続く地域の歴史を伝えています。学校を通じたつながりが町の名前になったことに、この町らしい成り立ちが表れています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、足柄上郡酒田村・吉田島村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1955年2月1日昭和30年足柄上郡酒田村・吉田島村が合併し、開成町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。