今の松田町
丹沢の山地と足柄平野が出合う町です。南部には松田駅・新松田駅を中心とする市街地があり、酒匂川や川音川が流れます。北部の寄地区は山々に囲まれ、中津川沿いに集落が広がります。平野の交通拠点と山間の暮らしが一つになった町で、鉄道を利用する人の流れと、川や山に親しむ地域の暮らしが重なります。松田と寄という地域名に、合併前の町村の歴史が残っています。
今の松田町の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,836人です。今の区域で数えた1980年の12,601人とくらべると14.0%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.1%です。
主な産業:みかんなどの農業や酒造、松田山・寄地域の観光が営まれています。
特産品・名産
- 青みかん精油摘果したみかんを使う認定品
- さくら鱒の燻製寄で養殖した鱒を使う認定品
- おひるねみかんジュース町のみかんを搾った認定品
見どころ・祭り
- 川音川親水公園川沿いに設けられた公園
- 西平畑公園松田山にある展望の公園
- 寄ロウバイ園寄地域にある花の名所
木ナンテン花コスモス鳥セグロセキレイ松田町の木・花・鳥
松田町のなりたち
松田町(まつだまち)は、神奈川県県西地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。寄村・松田町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の松田町になりました。
今の名前「松田町」は、1920年にあった松田町の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の松田町が約11km²だったのに対し、今の松田町は約37km²と、およそ3.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は足柄上郡に属していました。
「松田町」という名前
松田町は、1889年(明治22年)に発足した松田村から続く名前です。松田惣領・松田庶子・神山村の合併で松田村ができ、1909年(明治42年)に町になりました。1955年(昭和30年)に寄村と合併した新しい町も、松田の名を引き継いでいます。地名そのものがどのように生まれたかは、はっきりしていません。酒匂川と川音川の合流部に近い松田と、山間の寄が一つの町となっています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、松田惣領・松田庶子・神山村が合併して松田村が発足しました。1909年(明治42年)4月1日には町制を施行し、松田町となりました。東海道線の開通で松田駅が開かれ、1927年(昭和2年)には小田急線の新松田駅もできました。酒匂川と川音川が出合う地域に、鉄道の乗り換え地点としての役割が加わったのです。
一方、北側の山あいには寄村がありました。寄地区には、中津川沿いに山間の集落が広がっています。平野の交通拠点となる松田と、丹沢の山々に抱かれた寄は、別々の自治体として歩んでいました。
昭和の大合併で、1955年(昭和30年)4月1日に松田町と寄村が合併し、新しい松田町となりました。同じ町名でも、旧松田町が寄村を編入したものではなく、二つの自治体が新しい町をつくった合併です。
現在も松田地区と寄地区の呼び名が使われ、二つの地域から成り立った町の姿を伝えています。南部の駅周辺の市街地から、北部の中津川沿いの集落へと、平野と山間部の異なる景観が一つの町の中に続いています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、足柄上郡松田村・寄村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1909年4月1日明治42年足柄上郡松田村が町制を施行し、松田町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1955年4月1日昭和30年足柄上郡松田町・寄村が合併し、改めて松田町が発足した。種類:新設合併 出典:town.matsuda.kanagawa.jp
- 1955年足柄上郡松田町の一部(高松)が山北町に編入された。種類:一部編入 出典:www.town.yamakita.kanagawa.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。