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小田原市おだわらし

1920年には16の町村だった区域が、9回の合併・編入を経て、今の小田原市になりました。

16町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の小田原市

相模湾に面し、酒匂川が流れる足柄平野に広がる市です。南西部は箱根の山々につながり、東部には大磯丘陵があります。城下町と宿場の歴史をもつ中心部に、川東の村々や海沿いの集落が加わって現在の市域となりました。小田原城を中心とする町並みと、酒匂川流域の平野、丘陵や山地が近接しています。箱根へ向かう玄関口としての歩みも、交通と町の歴史に結びついています。

今の小田原市の区域の人口は、2020年の国勢調査で188,856人です。今の区域で数えた1980年の177,467人とくらべると6.4%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.5%です。

188,856人人口(2020年)
+6.4%1980年からの増減
113.6km²面積(国土地理院)
1,662人/km²人口密度
30.5%65歳以上の割合
200,1731980199020052020
15歳未満 11.1%15〜64歳 58.4%65歳以上 30.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:観光や商業と、かまぼこ・干物などの水産加工、農業が営まれています。

特産品・名産

  • 小田原かまぼこ小田原で作られる水産加工品
  • 小田原提灯折り畳んで携帯できる伝統工芸品
  • 梅干十郎梅などを使う地域の加工品

見どころ・祭り

  • 小田原城北条氏の城下町の歴史を伝える城
  • 報徳二宮神社二宮尊徳を祭る小田原城内の社
  • 清閑亭旧黒田長成侯爵別邸

木クロマツ花ウメ鳥コアジサシ小田原市の木・花・鳥

小田原市のなりたち

小田原市(おだわらし)は、神奈川県県西地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、16の町村がありました。足柄村・大窪村・早川村・田島村・下府中村・桜井村・豊川村・下曾我村・上府中村・国府津村・酒匂村・片浦村・下中村・前羽村・曾我村・小田原町です。これらの町村が、9回の合併や編入を経て、今の小田原市になりました。

今の名前「小田原市」は、1920年にあった小田原町の名前を受け継いでいます。ほかの15の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の小田原町が約3km²だったのに対し、今の小田原市は約113km²と、およそ38.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は足柄上郡・足柄下郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧早川村の区域には早川駅(東海道本線)があります。旧国府津村の区域には国府津駅(御殿場線)があります。

161920年の町村の数
9回合併・編入の回数
114km²今の面積
1971年いちばん新しい合併

「小田原市」という名前

小田原の名は、開拓した水田や牧原を田原と呼び、その区域の大小から大田原、小田原と呼んだことにちなむといわれています。地名は平安時代の末から鎌倉時代の初めに歴史に現れるとされています。城下町と東海道の宿場として使われた古い地名が、1889年の小田原町、1940年の小田原市へ引き継がれました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、城下町と宿場を中心に小田原町が発足しました。周辺には蘆子村・二川村・富水村・久野村、大窪村や早川村などがあり、酒匂川の東側にも国府津村や酒匂村などが置かれました。1908年には蘆子・二川・富水・久野の四村が合併して足柄村となり、1940年2月に足柄町となりました。

1940年12月20日、小田原町・足柄町・大窪村・早川村と酒匂村の一部が合併し、小田原市が発足しました。市制だけでなく、周囲の町村をまとめた新設合併でした。酒匂村のすべてがこの時に市へ入ったわけではなく、残る村は後に町制を施行しました。

戦後は1948年に下府中村、1950年に桜井村を編入しました。昭和の大合併期には、1954年7月に豊川村、12月に酒匂町・国府津町・上府中村・下曽我村・片浦村を編入しました。国府津町に入っていた田島村や、片浦村をつくった海沿いの村々も、市の一部となりました。

1956年には曽我村の一部を編入しました。上大井と西大井は大井町に入り、村が分かれた変化です。1971年4月1日には、下中村と前羽村の合併で生まれた橘町を編入しました。城下町の中心部に、平野の村々、海岸の集落、東部の丘陵が加わった成り立ちが、現在の市域につながっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年足柄下郡に小田原町・蘆子村・二川村・富水村・久野村・大窪村・早川村・下府中村・豊川村・上府中村・下曽我村・田島村・国府津村・酒匂村・石橋村・米神村・根府川村・江ノ浦村・下中村・前羽村、足柄上郡に桜井村・曽我村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
  2. 1908年4月1日明治41年蘆子村・二川村・富水村・久野村が合併し、足柄村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
  3. 1913年4月1日大正2年石橋村・米神村・根府川村・江ノ浦村が合併し、片浦村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
  4. 1924年4月1日大正13年国府津村が町制を施行し、国府津町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
  5. 1940年2月11日昭和15年足柄村が町制を施行し、足柄町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
  6. 1940年12月20日昭和15年小田原町・足柄町・大窪村・早川村と酒匂村の一部が合併し、小田原市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
  7. 1942年4月1日昭和17年酒匂村が町制を施行し、酒匂町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
  8. 1948年4月1日昭和23年田島村が国府津町に編入され、下府中村が小田原市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
  9. 1950年12月18日昭和25年桜井村が小田原市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
  10. 1954年7月15日昭和29年豊川村が小田原市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
  11. 1954年12月1日昭和29年酒匂町・国府津町・上府中村・下曽我村・片浦村が小田原市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
  12. 1955年4月1日昭和30年下中村と前羽村が合併し、橘町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
  13. 1956年4月1日昭和31年曽我村の曽我大沢・曽我岸・曽我別所・曽我原・曽我谷津が小田原市に編入され、上大井・西大井は大井町に加わった。種類:一部編入 出典:www.pref.kanagawa.jp
  14. 1971年4月1日昭和46年橘町が小田原市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kanagawa.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

小田原町→小田原市1889〜今
橘町1955〜1971
下中村1889〜1955
前羽村1889〜1955
曾我村1889〜1956
下曾我村1889〜1954
上府中村1889〜1954
国府津村→国府津町1889〜1954同じ名前の駅:国府津駅
田島村1889〜1948
酒匂村→酒匂町1889〜1954
片浦村1913〜1954
豊川村1889〜1954
桜井村1889〜1950
下府中村1889〜1948
大窪村1889〜1940
早川村1889〜1940同じ名前の駅:早川駅
足柄町1940〜1940
足柄村1908〜1940

参考にした資料