今の箱根町
神奈川県西部の箱根火山に広がる町です。山々に囲まれた芦ノ湖、噴気の上がる大涌谷、仙石原の湿原など、火山の活動がつくった多様な地形があります。東海道の宿場と関所の歴史をもち、湯本をはじめ各地域に温泉があります。山間を鉄道や道路が結び、温泉地や避暑地として発展してきました。湯本・宮城野・仙石原・芦ノ湖周辺の各地域は、それぞれ異なる景観や暮らしを伝えています。
今の箱根町の区域の人口は、2020年の国勢調査で11,293人です。今の区域で数えた1980年の19,882人とくらべると43.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.4%です。
主な産業:温泉・山岳・湖の観光と、寄木細工などの木工が営まれています。
特産品・名産
- 箱根寄木細工木の色を組み合わせる伝統工芸
- 湯もち白玉の餅と羊羹を合わせた銘菓
- わかさぎの佃煮芦ノ湖の魚を使った土産品
見どころ・祭り
- 箱根関所東海道の歴史を伝える復元施設
- 箱根湿生花園湿原の植物を紹介する施設
- 芦ノ湖箱根の山々に囲まれた湖
木ヤマザクラ花ハコネバラ鳥キツツキ箱根町の木・花・鳥
箱根町のなりたち
箱根町(はこねまち)は、神奈川県県西地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。元箱根村・芦之湯村・仙石原村・宮城野村・温泉村・湯本村・箱根町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の箱根町になりました。
今の名前「箱根町」は、1920年にあった箱根町の名前を受け継いでいます。ほかの6の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の箱根町が約11km²だったのに対し、今の箱根町は約92km²と、およそ8.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は足柄下郡に属していました。
「箱根町」という名前
箱根の名は、『万葉集』にも「あしがらのはこね」と詠まれている、古い地名です。「ね」は山を表す「嶺」に結びつくとされます。「はこ」にはいくつかの説があり、駒ケ岳の形が箱に似ていることから呼ばれたとする説があります。ただし、由来は一つに定まっていません。1956年(昭和31年)の合併では、箱根町の名を新しい町に引き継ぎました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)に町村制が施行された際、現在の箱根町の地域は、湯本村・温泉村・宮城野村・仙石原村・箱根駅・元箱根村・芦之湯村の1駅6村に分かれていました。箱根駅の「駅」は、現在の鉄道駅ではなく、宿場に由来する自治体の呼び名です。東海道の宿場と関所、温泉の集落、山間の村が、それぞれ別の自治体として出発したのです。
その後、箱根駅は箱根町となり、湯本村も町制を施行して湯本町になりました。1954年(昭和29年)1月1日には、箱根町・元箱根村・芦之湯村が合併して、新しい箱根町が発足しました。芦ノ湖周辺の地域が一つにまとまった節目です。
昭和の大合併で、1956年(昭和31年)9月30日、箱根町・湯本町・温泉村・宮城野村・仙石原村の5町村が合併し、現在の箱根町となりました。既存の箱根町が周囲の村を編入したものではなく、五つの自治体による新設合併です。
箱根登山鉄道の開通などで山間部への交通が発達し、温泉地や避暑地としての町が広がりました。現在も湯本・宮城野・仙石原・元箱根などの地域名に、合併前の町村の歴史と、それぞれ異なる土地の姿が残っています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、足柄下郡箱根駅・湯本村・温泉村・宮城野村・仙石原村・元箱根村・芦之湯村が発足した。種類:町村制 出典:www.town.hakone.kanagawa.jp
- 1892年10月29日明治25年足柄下郡箱根駅が改称し、箱根町となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1927年10月1日昭和2年足柄下郡湯本村が町制を施行し、湯本町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1954年1月1日昭和29年足柄下郡箱根町・元箱根村・芦之湯村が合併し、改めて箱根町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1956年9月30日昭和31年足柄下郡箱根町・湯本町・温泉村・宮城野村・仙石原村が合併し、改めて箱根町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。