今の伊勢原市
神奈川県のほぼ中央にあり、丹沢の大山から東側の平野へと広がる市です。市内には鈴川、善波川、日向川、歌川が流れ、山地と平地の暮らしをつないでいます。大山には江戸の人々が参詣した歴史が残り、山裾の日向には日向薬師があります。平野部には小田急線や国道246号、東名高速道路などが通っています。山への参詣の地と、首都圏に近い住宅地の性格が重なるまちです。
今の伊勢原市の区域の人口は、2020年の国勢調査で101,780人です。今の区域で数えた1980年の70,052人とくらべると45.3%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は26.6%です。
主な産業:農業や製造業、大山参りに結びつく観光が営まれています。
特産品・名産
- 大山豆腐大山の旅館や料理店で親しまれる
- きゃらぶき大山の料理に使われる特産品
- 大山こま大山詣りに結びつく伝統工芸品
見どころ・祭り
- 大山大山詣りの歴史が残る山
- 日向薬師大山の山裾の日向にある寺院
- 太田道灌の墓伊勢原ゆかりの武将の墓所
木しい花ききょう鳥やまどり伊勢原市の木・花・鳥
伊勢原市のなりたち
伊勢原市(いせはらし)は、神奈川県湘南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。高部屋村・大山町・成瀬村・比々多村・大田村・岡崎村・伊勢原町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の伊勢原市になりました。
今の名前「伊勢原市」は、1920年にあった伊勢原町の名前を受け継いでいます。ほかの6の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の伊勢原町が約5km²だったのに対し、今の伊勢原市は約55km²と、およそ12.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は中郡に属していました。
「伊勢原市」という名前
「伊勢原」は、伊勢の人々が移り住んだことにちなむ地名と伝えられています。江戸時代の初め、大山参りに来た伊勢山田の曽右衛門らが千手ヶ原を開拓しました。その後、伊勢の国の人々が住みついたため、伊勢原と呼ばれるようになったとされています。1889年に発足した伊勢原町から、1954年の合併、1971年の市制へと、この名前が受け継がれました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、大住郡に伊勢原町・大山町・高部屋村・成瀬村・比々多村・大田村・岡崎村が発足しました。伊勢原町は伊勢原村・板戸村・東大竹村・田中村・池端村が合併した町です。1896年(明治29年)には大住郡と淘綾郡が統合され、これらの町村の所属郡は中郡となりました。
昭和の大合併では、1954年(昭和29年)12月1日に伊勢原町・大山町・高部屋村・成瀬村・比々多村・大田村の2町4村が合併しました。元の町と同じ伊勢原町の名前ですが、大山の山地から平野の村々までをまとめた、新しい町の発足でした。山への参詣でつながってきた地域が、同じ自治体になった形です。
1956年(昭和31年)9月30日には岡崎村が分割され、馬渡・大句が伊勢原町に入り、残る区域は平塚市に編入されました。1971年(昭和46年)3月1日に市制を施行し、伊勢原市となりました。大山・高部屋・成瀬・比々多・大田といった名は、現在も地域や学校などの名前に残っています。大山詣りの歴史を持つ山あいと、小田急線などが通る平野部が、一つの市の中につながっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、大住郡に伊勢原町・大山町・高部屋村・成瀬村・比々多村・大田村・岡崎村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1896年4月1日明治29年大住郡と淘綾郡の統合により、伊勢原町・大山町・高部屋村・成瀬村・比々多村・大田村・岡崎村の所属郡が中郡となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1954年12月1日昭和29年中郡伊勢原町・大山町・高部屋村・成瀬村・比々多村・大田村が合併し、改めて伊勢原町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kanagawa.jp
- 1956年9月30日昭和31年中郡岡崎村が分割され、馬渡・大句が伊勢原町に、残る区域が平塚市に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1971年3月1日昭和46年中郡伊勢原町が市制を施行し、伊勢原市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.kanagawa.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。