今のみやこ町
今のみやこ町の区域の人口は、2020年の国勢調査で18,825人です。今の区域で数えた1980年の26,073人とくらべると27.8%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.1%です。
みやこ町のなりたち
みやこ町(みやこまち)は、福岡県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。節丸村・祓郷村・諌山村・黒田村・久保村・城井村・伊良原村・豊津村・犀川村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今のみやこ町になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1935年ごろに諌山村が、名前を諫山村に変えました。1943年(昭和18年)2月11日に犀川村が町になり、犀川町となりました(町制施行)。1943年(昭和18年)4月1日に節丸村が合わさって、豊津村が生まれました。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)3月1日に祓郷村が合わさって、豊津町が生まれました。1955年(昭和30年)3月1日に諫山村・黒田村・久保村が合わさって、勝山町が生まれました。1955年(昭和30年)3月1日に豊津村が町になり、豊津町となりました(町制施行)。1956年(昭和31年)9月30日に城井村・伊良原村が、犀川町に入りました(編入)。この時期だけで4回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2006年(平成18年)3月20日に豊津町・犀川町・勝山町が合わさって、みやこ町が生まれました。
今の名前「みやこ町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の犀川村が約48km²だったのに対し、今のみやこ町は約147km²と、およそ3.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は京都郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧犀川村の区域には犀川駅(平成筑豊鉄道 田川線)があります。
年表
- 1935年ごろ1920〜1950年のあいだ諌山村が、名前を諫山村に変えた
- 1943年2月11日昭和18年犀川村が町になり、犀川町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1943年4月1日昭和18年節丸村が合わさって、豊津村が生まれた出典:wiki
- 1955年3月1日昭和30年祓郷村が合わさって、豊津町が生まれた出典:wiki
- 1955年3月1日昭和30年諫山村・黒田村・久保村が合わさって、勝山町が生まれた出典:wiki
- 1955年3月1日昭和30年豊津村が町になり、豊津町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1956年9月30日昭和31年城井村・伊良原村が、犀川町に入った(編入)出典:wiki
- 2006年3月20日平成18年豊津町・犀川町・勝山町が合わさって、みやこ町が生まれたe-Stat「犀川町(40622)、勝山町(40623)、豊津町(40624)が合併し、みやこ町(40625)を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。