今の添田町
今の添田町の区域の人口は、2020年の国勢調査で8,801人です。今の区域で数えた1980年の16,196人とくらべると45.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.6%です。
8,801人人口(2020年)
−45.7%1980年からの増減
132.2km²面積(国土地理院)
67人/km²人口密度
44.6%65歳以上の割合
15歳未満 9.7%15〜64歳 45.7%65歳以上 44.6%
添田町のなりたち
添田町(そえだまち)は、福岡県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。彦山村・津野村・添田町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の添田町になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1942年(昭和17年)2月11日に彦山村が、添田町に入りました(編入)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)1月1日に津野村が合わさって、添田町が生まれました。
今の名前「添田町」は、1920年にあった添田町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の添田町が約36km²だったのに対し、今の添田町は約128km²と、およそ3.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は田川郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧彦山村の区域には彦山駅(平成筑豊鉄道 田川線)があります。
31920年の町村の数
2回合併・編入の回数
132km²今の面積
1955年いちばん新しい合併
年表
- 1942年2月11日昭和17年彦山村が、添田町に入った(編入)出典:wiki
- 1955年1月1日昭和30年津野村が合わさって、添田町が生まれた出典:wiki
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
添田町1912〜今
津野村1889〜1955
彦山村1889〜1942同じ名前の駅:彦山駅