今の朝倉市
今の朝倉市の区域の人口は、2020年の国勢調査で50,273人です。今の区域で数えた1980年の64,623人とくらべると22.2%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.3%です。
朝倉市のなりたち
朝倉市(あさくらし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、18の町村がありました。松末村・志波村・久喜宮村・安川村・秋月町・上秋月村・三奈木村・立石村・馬田村・金川村・福田村・蜷城村・高木村・宮野村・大福村・甘木町・杷木村・朝倉村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の朝倉市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1939年(昭和14年)4月17日に杷木村が町になり、杷木町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1951年(昭和26年)4月1日に松末村・志波村・久喜宮村が合わさって、杷木町が生まれました。1954年(昭和29年)4月1日に安川村・秋月町・上秋月村・三奈木村・立石村・馬田村・金川村・福田村・蜷城村が合わさって、甘木市が生まれました。1954年(昭和29年)4月1日に甘木町が市になり、甘木市となりました(市制施行)。1955年(昭和30年)3月10日に高木村が、甘木市に入りました(編入)。1955年(昭和30年)3月31日に宮野村・大福村が合わさって、朝倉村が生まれました。この時期だけで5回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1962年(昭和37年)4月1日に朝倉村が町になり、朝倉町となりました(町制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2006年(平成18年)3月20日に甘木市・杷木町が合わさって、朝倉市が生まれました。2006年(平成18年)3月20日に朝倉町が市になり、朝倉市となりました(市制施行)。
今の名前「朝倉市」は、1920年にあった朝倉村の名前を受け継いでいます。ほかの17の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の朝倉村が約9km²だったのに対し、今の朝倉市は約239km²と、およそ26.3倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は朝倉郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧甘木町の区域には甘木駅(甘木鉄道 甘木線)があります。
年表
- 1939年4月17日昭和14年杷木村が町になり、杷木町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1951年4月1日昭和26年松末村・志波村・久喜宮村が合わさって、杷木町が生まれた出典:wiki
- 1954年4月1日昭和29年安川村・秋月町・上秋月村・三奈木村・立石村・馬田村・金川村・福田村・蜷城村が合わさって、甘木市が生まれた出典:wiki
- 1954年4月1日昭和29年甘木町が市になり、甘木市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1955年3月10日昭和30年高木村が、甘木市に入った(編入)出典:wiki
- 1955年3月31日昭和30年宮野村・大福村が合わさって、朝倉村が生まれた出典:wiki
- 1962年4月1日昭和37年朝倉村が町になり、朝倉町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 2006年3月20日平成18年甘木市・杷木町が合わさって、朝倉市が生まれたe-Stat「甘木市(40209)、杷木町(40441)、朝倉町(40442)が合併し、朝倉市(40228)を新設」
- 2006年3月20日平成18年朝倉町が市になり、朝倉市となった(市制施行)e-Stat「甘木市(40209)、杷木町(40441)、朝倉町(40442)が合併し、朝倉市(40228)を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。