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筑紫野市ちくしのし

1920年には5の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の筑紫野市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の筑紫野市

今の筑紫野市の区域の人口は、2020年の国勢調査で103,311人です。今の区域で数えた1980年の57,966人とくらべると78.2%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は25.9%です。

103,311人人口(2020年)
+78.2%1980年からの増減
87.73km²面積(国土地理院)
1,178人/km²人口密度
25.9%65歳以上の割合
103,3111980199020052020
15歳未満 14.5%15〜64歳 59.5%65歳以上 25.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

筑紫野市のなりたち

筑紫野市(ちくしのし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。御笠村・山家村・二日市町・山口村・筑紫村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の筑紫野市になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)3月1日に御笠村・山家村・二日市町・山口村・筑紫村が合わさって、筑紫野町が生まれました。

その後、1972年(昭和47年)4月1日に筑紫野町が市になり、筑紫野市となりました(市制施行)。

今の名前「筑紫野市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の山口村が約25km²だったのに対し、今の筑紫野市は約85km²と、およそ3.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は筑紫郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、筑紫郡は2018年(平成30年)10月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧二日市町の区域には二日市駅(鹿児島本線)があります。

51920年の町村の数
1回合併・編入の回数
88km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

年表

  1. 1955年3月1日昭和30年御笠村・山家村・二日市町・山口村・筑紫村が合わさって、筑紫野町が生まれた出典:wiki
  2. 1972年4月1日昭和47年筑紫野町が市になり、筑紫野市となった(市制施行)e-Stat「筑紫野町(40301)が筑紫野市(40217)に市制施行」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

筑紫野町→筑紫野市1955〜今
御笠村1889〜1955
山家村1889〜1955
二日市町1895〜1955同じ名前の駅:二日市駅
山口村1889〜1955
筑紫村1889〜1955