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那珂川市なかがわし

1920年には3の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の那珂川市になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の那珂川市

今の那珂川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で50,112人です。今の区域で数えた1980年の24,840人とくらべると101.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は23.5%です。

50,112人人口(2020年)
+101.7%1980年からの増減
74.95km²面積(国土地理院)
669人/km²人口密度
23.5%65歳以上の割合
50,1121980199020052020
15歳未満 16.4%15〜64歳 60.1%65歳以上 23.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

那珂川市のなりたち

那珂川市(なかがわし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。岩戸村・安徳村・南畑村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の那珂川市になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1956年(昭和31年)4月1日に岩戸村・安徳村・南畑村が合わさって、那珂川町が生まれました。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2018年(平成30年)10月1日に那珂川町が市になり、那珂川市となりました(市制施行)。

今の名前「那珂川市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の南畑村が約40km²だったのに対し、今の那珂川市は約73km²と、およそ1.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は筑紫郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、筑紫郡は2018年(平成30年)10月1日に廃止されました。

31920年の町村の数
1回合併・編入の回数
75km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

年表

  1. 1956年4月1日昭和31年岩戸村・安徳村・南畑村が合わさって、那珂川町が生まれた出典:wiki
  2. 2018年10月1日平成30年那珂川町が市になり、那珂川市となった(市制施行)e-Stat「那珂川町(40305)が那珂川市(40231)に市制施行 筑紫郡(40300)の廃止」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

那珂川町→那珂川市1956〜今
岩戸村1889〜1956
安徳村1889〜1956
南畑村1889〜1956