今の行橋市
今の行橋市の区域の人口は、2020年の国勢調査で71,426人です。今の区域で数えた1980年の61,838人とくらべると15.5%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は30.7%です。
行橋市のなりたち
行橋市(ゆくはしし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。椿市村・蓑島村・今元村・延永村・仲津村・泉村・稗田村・今川村・祓郷村・行橋町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の行橋市になりました。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)10月10日に椿市村・蓑島村・今元村・延永村・仲津村・泉村・稗田村・今川村が合わさって、行橋市が生まれました。1954年(昭和29年)10月10日に行橋町が市になり、行橋市となりました(市制施行)。1955年(昭和30年)3月1日に祓郷村の一部が、行橋市に入りました。この時期だけで3回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
今の名前「行橋市」は、1920年にあった行橋町の名前を受け継いでいます。ほかの9の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の行橋町が約7km²だったのに対し、今の行橋市は約68km²と、およそ9.3倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は京都郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧今川村の区域には今川河童駅(平成筑豊鉄道 田川線)があります。
年表
- 1954年10月10日昭和29年椿市村・蓑島村・今元村・延永村・仲津村・泉村・稗田村・今川村が合わさって、行橋市が生まれた出典:wiki
- 1954年10月10日昭和29年行橋町が市になり、行橋市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1955年3月1日昭和30年祓郷村の一部が、行橋市に入った出典:wiki
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。