今の苅田町
今の苅田町の区域の人口は、2020年の国勢調査で37,684人です。今の区域で数えた1980年の31,155人とくらべると21.0%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.7%です。
37,684人人口(2020年)
+21.0%1980年からの増減
49.52km²面積(国土地理院)
761人/km²人口密度
24.7%65歳以上の割合
15歳未満 14.4%15〜64歳 60.9%65歳以上 24.7%
苅田町のなりたち
苅田町(かんだまち)は、福岡県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。小波瀬村・白川村・苅田村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の苅田町になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1924年(大正13年)8月1日に苅田村が町になり、苅田町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)1月1日に小波瀬村・白川村が合わさって、苅田町が生まれました。
今の名前「苅田町」は、1920年にあった苅田村の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の苅田村が約19km²だったのに対し、今の苅田町は約48km²と、およそ2.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は京都郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧小波瀬村の区域には小波瀬駅(日豊本線)があります。
31920年の町村の数
1回合併・編入の回数
50km²今の面積
1955年いちばん新しい合併
年表
- 1924年8月1日大正13年苅田村が町になり、苅田町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1955年1月1日昭和30年小波瀬村・白川村が合わさって、苅田町が生まれた出典:wiki
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
苅田村→苅田町1889〜今
小波瀬村1889〜1955同じ名前の駅:小波瀬駅
白川村1889〜1955