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福岡市ふくおかし

1920年には30の町村だった区域が、19回の合併・編入を経て、今の福岡市になりました。

30町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の福岡市

今の福岡市の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,612,392人です。今の区域で数えた1980年の1,088,588人とくらべると48.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は22.1%です。

1,612,392人人口(2020年)
+48.1%1980年からの増減
343.47km²面積(国土地理院)
4,694人/km²人口密度
22.1%65歳以上の割合
1,612,3921980199020052020
15歳未満 13.4%15〜64歳 64.5%65歳以上 22.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

福岡市のなりたち

福岡市(ふくおかし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、30の町村がありました。西新町・住吉町・八幡村・堅粕町・千代町・原村・樋井川村・席田村・姪浜町・三宅村・箱崎町・残島村・今宿村・壹岐村・今津村・曰佐村・田隈村・入部村・内野村・脇山村・香椎村・多々良村・那珂村・和白村・金武村・北崎村・元岡村・周船寺村・志賀島村・福岡市です。これらの町村が、19回の合併や編入を経て、今の福岡市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1922年(大正11年)4月1日に西新町が、福岡市に入りました(編入)。1922年(大正11年)6月1日に住吉町が、福岡市に入りました(編入)。1926年(大正15年)4月1日に八幡村が、福岡市に入りました(編入)。1928年(昭和3年)4月1日に堅粕町が、福岡市に入りました(編入)。1928年(昭和3年)5月1日に千代町が、福岡市に入りました(編入)。1929年(昭和4年)4月1日に原村・樋井川村が、福岡市に入りました(編入)。1933年(昭和8年)4月1日に席田村・姪浜町が、福岡市に入りました(編入)。1933年(昭和8年)4月5日に三宅村が、福岡市に入りました(編入)。1940年(昭和15年)4月17日に那珂村が町になり、那珂町となりました(町制施行)。1940年(昭和15年)12月27日に箱崎町が、福岡市に入りました(編入)。1941年(昭和16年)10月15日に残島村・今宿村・壹岐村が、福岡市に入りました(編入)。1942年(昭和17年)4月1日に今津村が、福岡市に入りました(編入)。1943年(昭和18年)2月11日に香椎村が町になり、香椎町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1950年(昭和25年)4月1日に多々良村が町になり、多々良町となりました(町制施行)。1953年(昭和28年)7月5日に志賀島村が町になり、志賀町となりました(町制施行)。1954年(昭和29年)10月1日に曰佐村・田隈村が、福岡市に入りました(編入)。1954年(昭和29年)11月1日に和白村が町になり、和白町となりました(町制施行)。1955年(昭和30年)1月1日に入部村・内野村・脇山村が合わさって、早良町が生まれました。1955年(昭和30年)2月1日に香椎町・多々良町が、福岡市に入りました(編入)。1955年(昭和30年)4月5日に那珂町が、福岡市に入りました(編入)。1958年ごろに早良村が町になり、早良町となりました(町制施行)。1960年(昭和35年)8月27日に和白町・金武村が、福岡市に入りました(編入)。1961年(昭和36年)4月1日に北崎村・元岡村・周船寺村が、福岡市に入りました(編入)。この時期だけで10回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

その後、1971年(昭和46年)4月5日に志賀町が、福岡市に入りました(編入)。1975年(昭和50年)3月1日に早良町が、福岡市に入りました(編入)。

今の名前「福岡市」は、1920年にあった福岡市の名前を受け継いでいます。ほかの29の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の福岡市が約14km²だったのに対し、今の福岡市は約334km²と、およそ23.0倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は早良郡・筑紫郡・糟屋郡・糸島郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、早良郡は1975年(昭和50年)3月1日に廃止されました、筑紫郡は2018年(平成30年)10月1日に廃止されました、糸島郡は2010年(平成22年)1月1日に廃止されました。

301920年の町村の数
19回合併・編入の回数
343km²今の面積
1975年いちばん新しい合併

年表

  1. 1922年4月1日大正11年西新町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  2. 1922年6月1日大正11年住吉町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  3. 1926年4月1日大正15年八幡村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  4. 1928年4月1日昭和3年堅粕町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  5. 1928年5月1日昭和3年千代町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  6. 1929年4月1日昭和4年原村・樋井川村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  7. 1933年4月1日昭和8年席田村・姪浜町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  8. 1933年4月5日昭和8年三宅村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  9. 1940年4月17日昭和15年那珂村が町になり、那珂町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  10. 1940年12月27日昭和15年箱崎町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  11. 1941年10月15日昭和16年残島村・今宿村・壹岐村が、福岡市に入った(編入)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日・wiki
  12. 1942年4月1日昭和17年今津村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  13. 1943年2月11日昭和18年香椎村が町になり、香椎町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  14. 1950年4月1日昭和25年多々良村が町になり、多々良町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  15. 1953年7月5日昭和28年志賀島村が町になり、志賀町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  16. 1954年10月1日昭和29年曰佐村・田隈村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  17. 1954年11月1日昭和29年和白村が町になり、和白町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  18. 1955年1月1日昭和30年入部村・内野村・脇山村が合わさって、早良町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  19. 1955年2月1日昭和30年香椎町・多々良町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  20. 1955年4月5日昭和30年那珂町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  21. 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ早良村が町になり、早良町となった(町制施行)
  22. 1960年8月27日昭和35年和白町・金武村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  23. 1961年4月1日昭和36年北崎村・元岡村・周船寺村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
  24. 1971年4月5日昭和46年志賀町が、福岡市に入った(編入)e-Stat「志賀町(40346)が福岡市(40201)に編入」
  25. 1975年3月1日昭和50年早良町が、福岡市に入った(編入)e-Stat「早良町(40321)が西区(40135)に編入 早良郡(40320)の廃止」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

福岡市1889〜今
早良村→早良町1955〜1975
入部村1889〜1955
内野村1889〜1955
脇山村1889〜1955
志賀島村→志賀町1889〜1971
北崎村1896〜1961
元岡村1889〜1961
周船寺村1889〜1961
和白村→和白町1889〜1960
金武村1889〜1960
那珂村→那珂町1889〜1955
香椎村→香椎町1889〜1955
多々良村→多々良町1889〜1955
曰佐村1889〜1954
田隈村1889〜1954
今津村1889〜1942
残島村1889〜1941
今宿村1889〜1941
壹岐村1889〜1941
箱崎町1889〜1940
三宅村1889〜1933
席田村1889〜1933
姪浜町1893〜1933
原村1889〜1929
樋井川村1889〜1929
千代町1912〜1928
堅粕町1913〜1928
八幡村1889〜1926
住吉町1911〜1922
西新町1889〜1922