今の福岡市
今の福岡市の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,612,392人です。今の区域で数えた1980年の1,088,588人とくらべると48.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は22.1%です。
福岡市のなりたち
福岡市(ふくおかし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、30の町村がありました。西新町・住吉町・八幡村・堅粕町・千代町・原村・樋井川村・席田村・姪浜町・三宅村・箱崎町・残島村・今宿村・壹岐村・今津村・曰佐村・田隈村・入部村・内野村・脇山村・香椎村・多々良村・那珂村・和白村・金武村・北崎村・元岡村・周船寺村・志賀島村・福岡市です。これらの町村が、19回の合併や編入を経て、今の福岡市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1922年(大正11年)4月1日に西新町が、福岡市に入りました(編入)。1922年(大正11年)6月1日に住吉町が、福岡市に入りました(編入)。1926年(大正15年)4月1日に八幡村が、福岡市に入りました(編入)。1928年(昭和3年)4月1日に堅粕町が、福岡市に入りました(編入)。1928年(昭和3年)5月1日に千代町が、福岡市に入りました(編入)。1929年(昭和4年)4月1日に原村・樋井川村が、福岡市に入りました(編入)。1933年(昭和8年)4月1日に席田村・姪浜町が、福岡市に入りました(編入)。1933年(昭和8年)4月5日に三宅村が、福岡市に入りました(編入)。1940年(昭和15年)4月17日に那珂村が町になり、那珂町となりました(町制施行)。1940年(昭和15年)12月27日に箱崎町が、福岡市に入りました(編入)。1941年(昭和16年)10月15日に残島村・今宿村・壹岐村が、福岡市に入りました(編入)。1942年(昭和17年)4月1日に今津村が、福岡市に入りました(編入)。1943年(昭和18年)2月11日に香椎村が町になり、香椎町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1950年(昭和25年)4月1日に多々良村が町になり、多々良町となりました(町制施行)。1953年(昭和28年)7月5日に志賀島村が町になり、志賀町となりました(町制施行)。1954年(昭和29年)10月1日に曰佐村・田隈村が、福岡市に入りました(編入)。1954年(昭和29年)11月1日に和白村が町になり、和白町となりました(町制施行)。1955年(昭和30年)1月1日に入部村・内野村・脇山村が合わさって、早良町が生まれました。1955年(昭和30年)2月1日に香椎町・多々良町が、福岡市に入りました(編入)。1955年(昭和30年)4月5日に那珂町が、福岡市に入りました(編入)。1958年ごろに早良村が町になり、早良町となりました(町制施行)。1960年(昭和35年)8月27日に和白町・金武村が、福岡市に入りました(編入)。1961年(昭和36年)4月1日に北崎村・元岡村・周船寺村が、福岡市に入りました(編入)。この時期だけで10回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1971年(昭和46年)4月5日に志賀町が、福岡市に入りました(編入)。1975年(昭和50年)3月1日に早良町が、福岡市に入りました(編入)。
今の名前「福岡市」は、1920年にあった福岡市の名前を受け継いでいます。ほかの29の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の福岡市が約14km²だったのに対し、今の福岡市は約334km²と、およそ23.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は早良郡・筑紫郡・糟屋郡・糸島郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、早良郡は1975年(昭和50年)3月1日に廃止されました、筑紫郡は2018年(平成30年)10月1日に廃止されました、糸島郡は2010年(平成22年)1月1日に廃止されました。
年表
- 1922年4月1日大正11年西新町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1922年6月1日大正11年住吉町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1926年4月1日大正15年八幡村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1928年4月1日昭和3年堅粕町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1928年5月1日昭和3年千代町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1929年4月1日昭和4年原村・樋井川村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1933年4月1日昭和8年席田村・姪浜町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1933年4月5日昭和8年三宅村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1940年4月17日昭和15年那珂村が町になり、那珂町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1940年12月27日昭和15年箱崎町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1941年10月15日昭和16年残島村・今宿村・壹岐村が、福岡市に入った(編入)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日・wiki
- 1942年4月1日昭和17年今津村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1943年2月11日昭和18年香椎村が町になり、香椎町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1950年4月1日昭和25年多々良村が町になり、多々良町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1953年7月5日昭和28年志賀島村が町になり、志賀町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1954年10月1日昭和29年曰佐村・田隈村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1954年11月1日昭和29年和白村が町になり、和白町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1955年1月1日昭和30年入部村・内野村・脇山村が合わさって、早良町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1955年2月1日昭和30年香椎町・多々良町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1955年4月5日昭和30年那珂町が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ早良村が町になり、早良町となった(町制施行)
- 1960年8月27日昭和35年和白町・金武村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1961年4月1日昭和36年北崎村・元岡村・周船寺村が、福岡市に入った(編入)出典:wiki
- 1971年4月5日昭和46年志賀町が、福岡市に入った(編入)e-Stat「志賀町(40346)が福岡市(40201)に編入」
- 1975年3月1日昭和50年早良町が、福岡市に入った(編入)e-Stat「早良町(40321)が西区(40135)に編入 早良郡(40320)の廃止」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。