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みやま市みやまし

1920年には8の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今のみやま市になりました。

8町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今のみやま市

今のみやま市の区域の人口は、2020年の国勢調査で35,861人です。今の区域で数えた1980年の51,413人とくらべると30.2%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.4%です。

35,861人人口(2020年)
−30.2%1980年からの増減
105.21km²面積(国土地理院)
341人/km²人口密度
38.4%65歳以上の割合
51,6091980199020052020
15歳未満 11.2%15〜64歳 50.4%65歳以上 38.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

みやま市のなりたち

みやま市(みやまし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。江浦村・岩田村・二川村・飯江村・開村・東山村・瀬高町・山川村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今のみやま市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1931年(昭和6年)10月1日に江浦村・岩田村・二川村が合わさって、高田町が生まれました。1942年(昭和17年)4月1日に飯江村・開村が、高田町に入りました(編入)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1956年(昭和31年)9月30日に東山村が、瀬高町に入りました(編入)。1958年ごろに高田村が町になり、高田町となりました(町制施行)。

その後、1968年ごろに山川村が町になり、山川町となりました(町制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2007年(平成19年)1月29日に瀬高町・山川町・高田町が合わさって、みやま市が生まれました。

今の名前「みやま市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの8の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の山川村が約30km²だったのに対し、今のみやま市は約102km²と、およそ3.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は三池郡・山門郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、山門郡は2007年(平成19年)1月29日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧瀬高町の区域には瀬高駅(鹿児島本線)があります。

81920年の町村の数
4回合併・編入の回数
105km²今の面積
2007年いちばん新しい合併

年表

  1. 1931年10月1日昭和6年江浦村・岩田村・二川村が合わさって、高田町が生まれた出典:wiki
  2. 1942年4月1日昭和17年飯江村・開村が、高田町に入った(編入)出典:wiki
  3. 1956年9月30日昭和31年東山村が、瀬高町に入った(編入)出典:wiki
  4. 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ高田村が町になり、高田町となった(町制施行)
  5. 1968年ごろ1965〜1970年のあいだ山川村が町になり、山川町となった(町制施行)
  6. 2007年1月29日平成19年瀬高町・山川町・高田町が合わさって、みやま市が生まれたe-Stat「瀬高町(40561)、山川町(40564)、高田町(40581)が合併し、みやま市(40229)を新設 山門郡(40560)の廃止 三池郡(40580)の廃止」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

みやま市2007〜今
瀬高町1901〜2007同じ名前の駅:瀬高駅
東山村1907〜1956
山川村→山川町1907〜2007
高田村→高田町1931〜2007
飯江村1889〜1942
開村1889〜1942
江浦村1889〜1931
岩田村1889〜1931
二川村1889〜1931