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久山町ひさやままち

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の久山町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の久山町

今の久山町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,068人です。今の区域で数えた1980年の7,657人とくらべると18.4%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は27.4%です。

9,068人人口(2020年)
+18.4%1980年からの増減
37.44km²面積(国土地理院)
242人/km²人口密度
27.4%65歳以上の割合
9,0681980199020052020
15歳未満 16.7%15〜64歳 55.9%65歳以上 27.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

久山町のなりたち

久山町(ひさやままち)は、福岡県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。山田村・久原村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の久山町になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1956年(昭和31年)9月30日に山田村・久原村が合わさって、久山町が生まれました。

今の名前「久山町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の山田村が約21km²だったのに対し、今の久山町は約36km²と、およそ1.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は糟屋郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
37km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

年表

  1. 1956年9月30日昭和31年山田村・久原村が合わさって、久山町が生まれた出典:wiki

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

久山町1956〜今
山田村1889〜1956
久原村1889〜1956