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筑後市ちくごし

1920年には5の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の筑後市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の筑後市

今の筑後市の区域の人口は、2020年の国勢調査で48,827人です。今の区域で数えた1980年の41,698人とくらべると17.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は27.4%です。

48,827人人口(2020年)
+17.1%1980年からの増減
41.78km²面積(国土地理院)
1,169人/km²人口密度
27.4%65歳以上の割合
48,8271980199020052020
15歳未満 14.6%15〜64歳 58.0%65歳以上 27.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

筑後市のなりたち

筑後市(ちくごし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。西牟田村・羽犬塚町・岡山村・水田村・古川村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の筑後市になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1953年(昭和28年)4月1日に西牟田村が合わさって、筑後市が生まれました。1954年(昭和29年)4月1日に羽犬塚町・水田村・古川村と、岡山村の一部が合わさって、筑後市が生まれました。

今の名前「筑後市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の水田村が約20km²だったのに対し、今の筑後市は約40km²と、およそ2.0倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は三潴郡・八女郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧西牟田村の区域には西牟田駅(鹿児島本線)があります。旧羽犬塚町の区域には羽犬塚駅(鹿児島本線)があります。

51920年の町村の数
2回合併・編入の回数
42km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

年表

  1. 1953年4月1日昭和28年西牟田村が合わさって、筑後市が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1954年4月1日昭和29年羽犬塚町・水田村・古川村と、岡山村の一部が合わさって、筑後市が生まれた出典:wiki

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

筑後市1953〜今
羽犬塚町1915〜1954同じ名前の駅:羽犬塚駅
岡山村1889〜1954
水田村1889〜1954
古川村1889〜1954
西牟田村1889〜1953同じ名前の駅:西牟田駅