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宗像市むなかたし

1920年には11の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の宗像市になりました。

11町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の宗像市

今の宗像市の区域の人口は、2020年の国勢調査で97,095人です。今の区域で数えた1980年の66,985人とくらべると45.0%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は29.7%です。

97,095人人口(2020年)
+45.0%1980年からの増減
119.94km²面積(国土地理院)
810人/km²人口密度
29.7%65歳以上の割合
97,0951980199020052020
15歳未満 14.0%15〜64歳 56.3%65歳以上 29.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

宗像市のなりたち

宗像市(むなかたし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、11の町村がありました。河東村・赤間町・吉武村・東郷村・南郷村・神興村・岬村・池野村・神湊町・田島村・大島村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の宗像市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1925年(大正14年)10月1日に東郷村が町になり、東郷町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)4月1日に河東村・赤間町・吉武村・東郷町・南郷村と、神興村の一部が合わさって、宗像町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に岬村・池野村・神湊町・田島村が合わさって、玄海町が生まれました。

その後、1981年(昭和56年)4月1日に宗像町が市になり、宗像市となりました(市制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2003年(平成15年)4月1日に玄海町が合わさって、宗像市が生まれました。2005年(平成17年)3月28日に大島村が、宗像市に入りました(編入)。

今の名前「宗像市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの11の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の南郷村が約21km²だったのに対し、今の宗像市は約117km²と、およそ5.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は宗像郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、宗像郡は2005年(平成17年)3月28日に廃止されました。

111920年の町村の数
4回合併・編入の回数
120km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1925年10月1日大正14年東郷村が町になり、東郷町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1954年4月1日昭和29年河東村・赤間町・吉武村・東郷町・南郷村と、神興村の一部が合わさって、宗像町が生まれた出典:wiki
  3. 1955年4月1日昭和30年岬村・池野村・神湊町・田島村が合わさって、玄海町が生まれた出典:wiki
  4. 1981年4月1日昭和56年宗像町が市になり、宗像市となった(市制施行)e-Stat「宗像町(40361)が宗像市(40220)に市制施行」
  5. 2003年4月1日平成15年玄海町が合わさって、宗像市が生まれたe-Stat「宗像市(40220)、玄海町(40364)が合併し、宗像市を新設」
  6. 2005年3月28日平成17年大島村が、宗像市に入った(編入)e-Stat「大島村(40365)が宗像市(40220)に編入 宗像郡(40360)の廃止」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

宗像町→宗像市1954〜今
大島村1889〜2005
玄海町1955〜2003
岬村1889〜1955
池野村1889〜1955
神湊町1906〜1955
田島村1889〜1955
河東村1889〜1954
赤間町1898〜1954
吉武村1889〜1954
東郷村→東郷町1889〜1954
南郷村1911〜1954
神興村1889〜1954