今の糸島市
今の糸島市の区域の人口は、2020年の国勢調査で98,877人です。今の区域で数えた1980年の66,220人とくらべると49.3%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は30.0%です。
糸島市のなりたち
糸島市(いとしまし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。波多江村・加布里村・桜井村・野北村・雷山村・長糸村・一貴山村・深江村・福吉村・芥屋村・可也村・小富士村・怡土村・前原町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の糸島市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1931年(昭和6年)4月1日に波多江村・加布里村が合わさって、前原町が生まれました。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1951年(昭和26年)4月1日に桜井村・野北村が合わさって、志摩町が生まれました。1955年(昭和30年)1月1日に雷山村・長糸村が合わさって、前原町が生まれました。1955年(昭和30年)1月1日に一貴山村・深江村・福吉村が合わさって、二丈町が生まれました。1955年(昭和30年)1月1日に芥屋村・可也村・小富士村が合わさって、志摩町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に怡土村が、前原町に入りました(編入)。この時期だけで5回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1963年ごろに二丈村が町になり、二丈町となりました(町制施行)。1963年ごろに志摩村が町になり、志摩町となりました(町制施行)。1992年(平成4年)10月1日に前原町が市になり、前原市となりました(市制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2010年(平成22年)1月1日に前原市・二丈町・志摩町が合わさって、糸島市が生まれました。
今の名前「糸島市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの14の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の長糸村が約34km²だったのに対し、今の糸島市は約210km²と、およそ6.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は糸島郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、糸島郡は2010年(平成22年)1月1日に廃止されました。
年表
- 1931年4月1日昭和6年波多江村・加布里村が合わさって、前原町が生まれた出典:wiki
- 1951年4月1日昭和26年桜井村・野北村が合わさって、志摩町が生まれた出典:wiki
- 1955年1月1日昭和30年雷山村・長糸村が合わさって、前原町が生まれた出典:wiki
- 1955年1月1日昭和30年一貴山村・深江村・福吉村が合わさって、二丈町が生まれた出典:wiki
- 1955年1月1日昭和30年芥屋村・可也村・小富士村が合わさって、志摩町が生まれた出典:wiki
- 1955年4月1日昭和30年怡土村が、前原町に入った(編入)出典:wiki
- 1963年ごろ1960〜1965年のあいだ二丈村が町になり、二丈町となった(町制施行)
- 1963年ごろ1960〜1965年のあいだ志摩村が町になり、志摩町となった(町制施行)
- 1992年10月1日平成4年前原町が市になり、前原市となった(市制施行)e-Stat「前原町(40461)が前原市(40222)に市制施行」
- 2010年1月1日平成22年前原市・二丈町・志摩町が合わさって、糸島市が生まれたe-Stat「前原市(40222)、二丈町(40462)、志摩町(40463)が合併し、糸島市(40230)を新設 糸島郡(40460)の廃止」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。