今の田川市
今の田川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で46,203人です。今の区域で数えた1980年の60,077人とくらべると23.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.0%です。
46,203人人口(2020年)
−23.1%1980年からの増減
54.55km²面積(国土地理院)
847人/km²人口密度
35.0%65歳以上の割合
15歳未満 12.5%15〜64歳 52.5%65歳以上 35.0%
田川市のなりたち
田川市(たがわし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。金川村・伊田町・後藤寺町・猪位金村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の田川市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1933年(昭和8年)5月1日に金川村が、田川市に入りました(編入)。1943年(昭和18年)11月3日に伊田町・後藤寺町が合わさって、田川市が生まれました。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)4月5日に猪位金村が、田川市に入りました(編入)。
今の名前「田川市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の猪位金村が約17km²だったのに対し、今の田川市は約53km²と、およそ3.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は田川郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧伊田町の区域には伊田駅(平成筑豊鉄道 伊田線)があります。旧後藤寺町の区域には後藤寺駅(後藤寺線)があります。
41920年の町村の数
3回合併・編入の回数
55km²今の面積
1955年いちばん新しい合併
年表
- 1933年5月1日昭和8年金川村が、田川市に入った(編入)出典:wiki
- 1943年11月3日昭和18年伊田町・後藤寺町が合わさって、田川市が生まれた出典:wiki
- 1955年4月5日昭和30年猪位金村が、田川市に入った(編入)出典:wiki
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
田川市1933〜今
猪位金村1889〜1955
伊田町1914〜1943同じ名前の駅:伊田駅
後藤寺町1907〜1943同じ名前の駅:後藤寺駅
金川村1889〜1933