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福智町ふくちまち

1920年には3の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の福智町になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の福智町

今の福智町の区域の人口は、2020年の国勢調査で21,398人です。今の区域で数えた1980年の26,104人とくらべると18.0%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.7%です。

21,398人人口(2020年)
−18.0%1980年からの増減
42.06km²面積(国土地理院)
509人/km²人口密度
37.7%65歳以上の割合
27,2311980199020052020
15歳未満 12.6%15〜64歳 49.7%65歳以上 37.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

福智町のなりたち

福智町(ふくちまち)は、福岡県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。上野村・方城村・金田町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の福智町になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1939年(昭和14年)11月3日に上野村が町になり、赤池町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1956年(昭和31年)8月1日に方城村が町になり、方城町となりました(町制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2006年(平成18年)3月6日に赤池町・方城町・金田町が合わさって、福智町が生まれました。

今の名前「福智町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の方城村が約18km²だったのに対し、今の福智町は約41km²と、およそ2.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は田川郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧金田町の区域には金田駅(平成筑豊鉄道 伊田線)があります。

31920年の町村の数
1回合併・編入の回数
42km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

年表

  1. 1939年11月3日昭和14年上野村が町になり、赤池町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1956年8月1日昭和31年方城村が町になり、方城町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 2006年3月6日平成18年赤池町・方城町・金田町が合わさって、福智町が生まれたe-Stat「金田町(40603)、赤池町(40606)、方城町(40607)が合併し、福智町(40610)を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

福智町2006〜今
上野村→赤池町1889〜2006
方城村→方城町1889〜2006
金田町1916〜2006同じ名前の駅:金田駅