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豊前市ぶぜんし

1920年には10の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の豊前市になりました。

10町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の豊前市

今の豊前市の区域の人口は、2020年の国勢調査で24,391人です。今の区域で数えた1980年の31,701人とくらべると23.1%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.6%です。

24,391人人口(2020年)
−23.1%1980年からの増減
111.01km²面積(国土地理院)
220人/km²人口密度
37.6%65歳以上の割合
31,9851980199020052020
15歳未満 11.6%15〜64歳 50.7%65歳以上 37.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

豊前市のなりたち

豊前市(ぶぜんし)は、福岡県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。宇島町・角田村・八屋町・三毛門村・山田村・千束村・黒土村・横武村・岩屋村・合河村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の豊前市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1935年(昭和10年)4月1日に宇島町が合わさって、八屋町が生まれました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)4月10日に角田村・八屋町・三毛門村・山田村・千束村・黒土村・横武村・岩屋村・合河村が合わさって、豊前市が生まれました。

今の名前「豊前市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの10の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の岩屋村が約28km²だったのに対し、今の豊前市は約108km²と、およそ3.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は築上郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧宇島町の区域には宇島駅(日豊本線)があります。旧三毛門村の区域には三毛門駅(日豊本線)があります。

101920年の町村の数
2回合併・編入の回数
111km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

年表

  1. 1935年4月1日昭和10年宇島町が合わさって、八屋町が生まれた出典:wiki
  2. 1955年4月10日昭和30年角田村・八屋町・三毛門村・山田村・千束村・黒土村・横武村・岩屋村・合河村が合わさって、豊前市が生まれた出典:wiki

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

豊前市1955〜今
角田村1889〜1955
八屋町1889〜1955
宇島町1889〜1935同じ名前の駅:宇島駅
三毛門村1889〜1955同じ名前の駅:三毛門駅
山田村1889〜1955
千束村1889〜1955
黒土村1889〜1955
横武村1889〜1955
岩屋村1889〜1955
合河村1889〜1955